第二話 『悪役令嬢、生徒会室へ殴り込む』 冒頭 「学園新聞、大騒ぎ」
翌朝の王立アストレア学園は、昨日以上に騒がしかった。
校門前には人だかりができ、新聞部員たちが興奮した様子で号外を配っている。
「号外ですーっ!」
「王太子殿下の天空庭園特集!」
「歴史的ロマンス誕生!!」
配布された紙面は、全面のほとんどを巨大な見出しが占めていた。
『天空庭園、愛の奇跡!』
薔薇に包まれる
アルベルト・ルクレール
と
ミレイユ・フェルナン
の挿絵付きである。
妙に力作だった。
なお、その横の隅っこには小さく、
『温室半壊』
とだけ書かれていた。
まるで「今日はちょっと風が強いですね」くらいの扱いである。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
は新聞を受け取り、無言で読み終えた。
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
やがて彼女は、新聞をぴしりと綺麗に畳んだ。
折り目が異様に正確だった。
「優先順位が狂っていますわね」
静かな声だった。
だが近くにいた新聞部員が、なぜか背筋を震わせた。
まるで「今この人、怒ってる」と本能で理解したかのように。
レオノーラはそのまま校舎へ向かう。
すると昨日まで華やかだった廊下が、今日は妙に現実的な光景になっていた。
修復班がいる。
脚立。
木材。
魔導工具。
積み上がったガラス片。
徹夜明けなのだろう、職員たちの目は完全に死んでいた。
「三階東廊下、まだ終わりません……」
「園芸棟の魔力管も破裂してるぞ……」
「誰だよ空輸船の航路あんな位置にしたの……」
「王子です」
「そうか……」
誰も逆らえない。
悲しい。
レオノーラは立ち止まった。
昨日、誰も見ていなかった人々。
恋愛イベントの後始末をする側。
彼女はしばらく黙ってその様子を見つめる。
すると、廊下の端で箒を動かしていた老人が気づいた。
学園用務員、
トーマ
だった。
年老いた男で、制服には花弁が大量についている。どう見ても掃除が終わっていない。
トーマは花びらを集めながら、ぼやくように言った。
「いやぁ、昨日は派手でしたなぁ」
レオノーラが視線を向ける。
「毎回こんな感じなのですか?」
するとトーマは、なんでもないことのように肩をすくめた。
「まあ毎年こんなもんですよ」
レオノーラは一瞬、理解できなかった。
「……毎年?」
「ええ。恋愛イベントってやつですな」
トーマは慣れた手つきで花弁を袋へ押し込みながら続ける。
「去年は湖が凍りましたし、その前は告白中に時計塔が爆発しました」
「なぜ爆発を?」
「恋って盛り上がると爆発するもんらしいです」
「意味がわかりませんわね」
「わしもです」
妙に息が合った。
しかしレオノーラの内心は穏やかではなかった。
“毎年”。
つまりこれは事故ではない。
一度きりの暴走でもない。
この学園では、恋愛イベントによる損害が恒常化している。
誰も止めず。
誰も疑問を持たず。
誰かが黙って修理している。
レオノーラはゆっくりと視線を落とした。
床には、まだ赤い花弁が散らばっている。
昨日、生徒たちはあれを見て「綺麗」と言った。
だが今の彼女には、まるで請求書の切れ端にしか見えなかった。




