シーン5 「国家規模」
そして。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
は、
もう一冊の資料を取り出した。
ドン。
さっきより厚い。
議場がざわつく。
「まだありますの……?」
誰かが呟いた。
ある。
どころではない。
後方では、
クラリス・エヴァレット
が、
完全に魂の抜けた顔で立っていた。
目の下の隈が深い。
もはや人類の睡眠時間ではない。
彼女は小声で呟く。
「三徹目です……」
「お疲れ様ですわ」
「途中から、
数字が夢に出ました……」
かわいそうだった。
レオノーラは、
静かに二冊目の資料を開く。
表紙。
『王都全域
恋愛イベント関連経済損失』
議場。
沈黙。
今度は、
誰も笑わなかった。
嫌な予感しかしないからである。
レオノーラは、
淡々と読み上げる。
「魔力停電による商業損失」
「交通遮断に伴う物流遅延」
「舞踏会災害による営業停止」
「建築破損補修費」
「医療機関逼迫による超過負担」
「輸送事故補填」
「保険組合赤字」
「花市場価格乱高下」
完全に災害報告だった。
もはや恋愛ではない。
自然災害カテゴリーである。
議員たちの顔色が、
どんどん変わっていく。
「え……」
「待て……」
「こんなに……?」
一人が資料をめくる。
別の議員が計算し始める。
商人席から、
「あっこれ破綻する」という声が聞こえた。
ついに。
全員が少しずつ理解し始めた。
これまで。
誰も。
“総額”を見ていなかった。
花吹雪は美しい。
舞踏会は華やか。
恋愛は盛り上がる。
だがその裏で。
誰が払っているのか。
誰が修理しているのか。
誰が徹夜しているのか。
誰も考えていなかった。
レオノーラは、
静かに議場を見回す。
そして。
核心を告げた。
「現在王国では」
一拍。
「恋愛イベント需要を前提に」
「公共予算が組まれております」
沈黙。
完全な沈黙。
議場から、
音が消えた。




