第七話 『世界は恋愛を強制している』 シーン1 「法則性」
旧図書塔は、
夕方になると薄暗かった。
窓は高い。
埃っぽい。
人が来ない。
だからこそ。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
と
セシル・アークライト
には都合が良かった。
机の上には、
大量の資料。
被害報告書。
魔力観測記録。
新聞記事。
恋愛イベント発生時刻一覧。
完全に事件捜査本部である。
レオノーラは紙へ次々と書き込んでいた。
「薔薇庭園事件……夕方」
「壁ドン崩壊事件……放課後」
「舞踏会暴走……夜」
ペン先が止まる。
「全部、
人が集まる時間帯ですわね」
セシルは椅子へ深く座り、
興味なさそうに本をめくっている。
「そりゃイベントだからな」
「嫌な言い方ですわね」
「事実だろ」
否定できない。
レオノーラは黒板へ条件を書き始めた。
【感情高揚】
【二人きり】
【視線集中】
【夕方・夜】
【演出性】
書き終えた瞬間。
彼女の手が止まる。
「……おかしいですわね」
「何が」
レオノーラはゆっくり振り返った。
「感情だけでは、
暴走しておりませんの」
静かな声。
空気が変わる。
「例えば怒鳴り合い」
「例えば試験結果」
「例えば恐怖」
「感情が激しくても、
何も起きないケースがありますわ」
セシルが本を閉じる。
興味を持った顔だった。
「続けて」
レオノーラは資料を広げる。
「ですが」
「“恋愛として盛り上がる構図”になると、
急激に空間魔力が増幅する」
彼女は紙を叩いた。
「壁ドン」
「転倒」
「夕焼け」
「二人きり」
「花吹雪」
「告白」
「偶然の接触」
「全部、
“ロマンチック演出”として成立した瞬間に、
運命律が反応しております」
沈黙。
旧図書塔の空気が冷える。
セシルは細く目を眇めた。
「つまり」
「世界は感情じゃなく、
“イベント性”を見てる」
レオノーラは頷く。
だが。
その顔色は悪かった。
「人が幸せかどうかではありませんの」
一拍。
「盛り上がるかどうか、ですわ」
ぞわり。
自分で言っていて、
気持ち悪かった。
だってそれは。
人間の人生ではなく。
“物語として面白いか”
を優先している、
ということだから。
レオノーラは窓の外を見る。
夕焼け。
綺麗だった。
綺麗すぎた。
まるで誰かが、
計算して配置した背景みたいに。
「……気持ちが悪いですわね」
ぽつりと零れた声に。
セシルだけが、
静かに頷いた。




