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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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シーン4 「空飛ぶ薔薇庭園」

空の魔法陣が、ゆっくりと回転を始めた。


 すると王都の各地から、無数の薔薇が浮かび上がる。


 庭園。


 温室。


 貴族屋敷。


 花屋。


 ありとあらゆる場所から薔薇が空へ吸い上げられ、光の帯となって学園上空へ集結していく。


 生徒たちが息を呑んだ。


「すごい……」


「綺麗……」


「まるで夢みたい……!」


 空に、巨大な庭園が形成されていく。


 薔薇だけで作られた空中回廊。


 花弁の滝。


 光り輝くアーチ。


 朝日を浴びた花々が、雲の上に浮かぶ宮殿のように咲き誇っていた。


 確かに美しかった。


 一瞬だけなら、誰だって見惚れる。


 現にレオノーラも、一秒くらいは「おお……」と思った。


 だが二秒目には現実へ戻った。


(待ってくださいまし)


 彼女の視線は、美しい庭園ではなく、その構造へ向けられていた。


 空輸数。


 魔力量。


 維持術式。


 輸送経路。


 運搬高度。


 使用人員。


 護衛配置。


 頭の中で、恐ろしい速度で計算が始まる。


 そして。


 レオノーラの眉がぴくりと動いた。


「あれ」


 誰にも聞こえないほど小さな声。


「あれ、輸送量がおかしくありません?」


 空を走る光の帯。


 その数が、明らかに多すぎる。


 通常の園芸魔法輸送ではありえない密度だった。


 しかも複数の輸送ルートが交差している。


 危ない。


 ものすごく危ない。


 レオノーラが口を開きかけた、その瞬間だった。


 空の魔法陣が、不穏に明滅した。


 バチッ――という嫌な音。


 次いで。


 上空で光が弾けた。


「え?」


 一隻の空輸船が、制御を失って横滑りする。


 そのまま別ルートの輸送船へ激突。


 衝撃。


 爆音。


 悲鳴。


 薔薇を満載した巨大コンテナが空中で回転しながら落下を始めた。


「あっ――」


 誰かが叫ぶ。


 次の瞬間。


 コンテナが学園温室へ直撃した。


 轟音。


 ガラスが一斉に吹き飛ぶ。


 キラキラと美しく砕け散る数千枚の破片。


 いや美しくない。


 普通に危険である。


 さらに暴走した風魔法が花弁を巻き上げた。


 赤、白、金。


 無数の花びらが竜巻のように渦を巻き、中庭全体を覆い尽くす。


 視界ゼロ。


 前が見えない。


「きゃああああっ!?」


「避難しろ!」


「教師を呼べ!!」


「もういます!!」


 爆音。


 悲鳴。


 転倒音。


 誰かが噴水に落ちた。


 教師の一人が衝撃波で吹き飛び、そのまま綺麗に失神した。


 なのに。


 なぜかBGMだけは壮大だった。


 どこから流れているのかわからないオーケストラが、感動的に盛り上がっている。


 意味がわからない。


 混乱の中、

 アルベルト・ルクレール

 はミレイユを庇うように抱き寄せた。


 花弁が舞う。


 光が差す。


 絵面だけは完璧だった。


 すると周囲から感嘆の声が上がる。


「なんてドラマチック……!」


「愛って素敵……!」


「運命の恋だわ……!」


 レオノーラは理解できなかった。


 温室が吹き飛んでいる。


 今。


 園芸科の年間予算も吹き飛んだ。


 輸送船も壊れた。


 修繕費も発生した。


 負傷者も出ている。


 なのに。


 なぜ誰もそこを気にしないのか。


 花弁の嵐の中、

 レオノーラ・ヴァレンシュタイン

 だけが、静かに呟いた。


「……正気ですの?」

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