シーン3 「王子、空を使う」
空気が震えた。
次の瞬間。
空に、巨大な魔法陣が展開された。
青空を覆うほど巨大な光輪が幾重にも重なり、黄金の紋様がゆっくりと回転する。朝日を反射して輝くそれは、確かに幻想的ではあった。
だが規模がおかしい。
「きゃああっ!?」
「ま、魔法陣!?」
「また始まったぞ!!」
生徒たちが騒ぎ始める。
教師たちの反応はもっと切実だった。
「誰だ許可したのは!?」
「防護結界! 防護結界を張れ!」
「園芸棟から職員を避難させろ!」
完全に災害対応である。
しかし空気を読まないように、いやむしろ空気を支配するように、魔法陣はさらに輝きを増していく。
空間が裂けた。
そこから、無数の薔薇が溢れ出す。
赤。
白。
青。
金。
ありとあらゆる色の薔薇が、滝のように空から降り注いだ。
花弁が舞う。
光が乱反射する。
どこからともなく音楽まで流れ始めた。
そして。
薔薇の嵐の中心から、一人の青年が姿を現した。
アルベルト・ルクレール
――アルヴィオン王国第一王子。
金髪碧眼。
非の打ち所のない美貌。
王族特有の自信に満ちた笑み。
そしてやたら長いマント。
そのマントが、完璧な角度で翻った。
風向きは明らかにおかしかった。
周囲は無風なのに、彼の周囲だけが舞台装置のように風を受けている。
レオノーラは眉をひそめた。
(局地的気流操作……? 朝から?)
アルベルトはゆっくりと地上へ降り立つ。
その足元へ薔薇が敷き詰められていく。
誰が掃除するのだろう。
そんなレオノーラの思考をよそに、王子は真っ直ぐミレイユへ歩み寄った。
花弁が舞う。
小鳥が囀る。
虹がちょうど背後にかかる。
演出がうるさい。
アルベルトは優雅に片膝をつき、ミレイユへ手を差し伸べた。
「君のために――天空庭園を贈ろう!」
瞬間。
大歓声。
「きゃあああああっ!!」
「素敵―――!!」
「王子殿下ぁぁぁ!!」
女子生徒たちが悲鳴を上げ、男子生徒たちは「さすが殿下……」と感動し、教師の一人はなぜか拍手していた。
ミレイユ本人は顔を真っ赤にして硬直している。
「あ、あの、わ、私、そんな……!」
「遠慮はいらない。君はそれだけの価値がある」
決まった。
完全に決まった空気だった。
誰もがうっとりしていた。
ただ一人を除いて。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
だけは真顔だった。
「朝ですわよ?」
静寂。
何人かの生徒が「え?」という顔で振り向く。
レオノーラは続けた。
「登校時間帯に空間魔法を使用し、さらに大規模花卉輸送まで行う必要がありまして?」
アルベルトが初めて彼女を見た。
ほんの少しだけ眉をひそめる。
「……レオノーラ。空気を読め」
「読んでおりますわ。だから申し上げているのです」
レオノーラは空を見上げた。
まだ大量の薔薇が降っている。
ざっと見積もって数万本。
しかも魔法輸送。
輸送費。
栽培費。
維持費。
魔力消費。
人件費。
彼女の脳内で、恐ろしい勢いで数字が積み上がっていく。
そしてその瞬間。
空の魔法陣が、不穏に明滅した。




