シーン2 「ヒロイン、転倒する」
中庭は朝の登校生徒で溢れていた。
石畳の道を、色とりどりの制服が流れていく。貴族令嬢たちは優雅に扇を揺らし、男子生徒たちは無意味にマントを翻し、教師たちは「廊下を走るな」と叫びながら走っていた。
実に平和な光景である。
少なくとも、あれが現れるまでは。
「あっ……!」
小さな声が響いた。
視線が集まる。
そこにいたのは、
ミレイユ・フェルナン
だった。
銀髪。
青い瞳。
小柄な体。
守ってくださいと言わんばかりの儚げな雰囲気。
ふわふわしている。
全体的に非常にふわふわしている。
「ああ、ヒロインだな」と誰もが一目で理解できる造形だった。
そして彼女は、石畳のわずかな段差につま先を引っかけた。
身体が前へ傾く。
その瞬間だった。
風が吹いた。
唐突に。
しかも絶妙な強さで。
どこからともなく花びらが舞い上がる。白薔薇、赤薔薇、なぜか桜まで混じっていた。季節感は完全に無視されている。
さらに近くの噴水が突然、七色の虹を形成した。
小鳥の群れが集まる。
いや、集まりすぎである。
五羽や十羽ではない。二十、三十、四十。もはや渡り鳥の休憩地みたいになっている。
周囲の生徒たちがどよめいた。
「まあ……!」
「なんて神秘的……!」
「聖女様の祝福だわ……!」
ざわめきの中心で、ミレイユは「えっ? えっ?」と困ったように目を瞬かせている。本人も制御できていないらしい。
一方。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
は真顔だった。
「何ですのこれ」
率直な感想である。
前世知識によれば、これはヒロイン補正というやつだ。
乙女ゲーム主人公の周囲では、演出めいた奇跡が頻発する。恋愛感情を盛り上げるための世界補正。仕様としては知っていた。
だが。
実際に目撃するとかなり怖い。
特に小鳥。
集まり方が怖い。
普通、鳥という生き物はもっと警戒心があるのではないだろうか。今の彼らは完全に「演出スタッフ」として配置されている動きだった。
しかも一羽、ミレイユの肩へ止まったあと、絶妙なタイミングで囀った。
できすぎている。
いや、できすぎどころではない。
気味が悪い。
レオノーラは思わず空を見上げた。
すると風までキラキラしていた。
「過剰演出にもほどがありますわね……」
その時だった。
中庭の空気が変わった。
生徒たちが一斉に空を見上げる。
魔力の気配。
巨大な魔法陣が、青空に展開され始めていた。




