第六話 『舞踏会は災害指定されました』 Opening 「舞踏会開催」
朝の王立アストレア学園。
中央掲示板の前が、
異様な熱気に包まれていた。
「見ました!?」
「舞踏会ですって!」
「今年は王太子殿下主催らしいわ!」
女子生徒たちの黄色い声。
男子生徒たちのざわめき。
教師たちの引きつった笑顔。
そして。
修復班の死んだ目。
掲示板中央には、
巨大なポスターが貼られていた。
金箔。
魔法装飾。
無駄に光る文字。
『星降る夜の幻想舞踏会』
主催:
アルベルト・ルクレール
嫌な予感しかしなかった。
ポスターの周囲では、
すでに魔法花弁が舞っている。
まだ開催告知なのに。
演出が早い。
「空中音楽隊も来るらしい!」
「人工流星群ですって!」
「王子殿下、本気だわ……!」
本気を出されると困る人間がいた。
廊下の端。
クラリス・エヴァレット
が壁に手をついていた。
顔色が終わっている。
目の下の隈が増えていた。
もはや生命活動が会計業務に侵食されている。
その手には、
分厚い予算書。
ぷるぷる震えている。
「クラリスさん」
後ろから声。
振り返ったクラリスの前にいたのは、
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
だった。
今日も黒ドレス。
今日も真顔。
そして今日は、
魔力測定器まで持参している。
完全に災害対策担当官である。
クラリスは涙目になった。
「レ、レオノーラ様ぁ……」
「顔色が死人ですわよ」
「予算が……」
クラリスは震える指で、
ポスター下部を示した。
そこには小さく、
舞踏会概要が書かれている。
【空中魔法演出】
【星屑照明】
【浮遊シャンデリア】
【幻想噴水特設】
【天候調律式】
文字列だけで国家事業だった。
レオノーラは静かに視線を下へ滑らせる。
そして止まる。
【予算】
空白。
完全な空白。
書いてない。
逃げた。
彼女は三秒ほど沈黙した。
周囲の生徒たちは、
まだ夢みたいな顔でポスターを眺めている。
教師たちは現実逃避している。
修復班主任の
バルド
など、
もう頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「去年は噴水だけで済んだ……」
「今年は空飛ぶのか……」
「帰りたい……」
切実だった。
レオノーラはポスターを見つめたまま、
静かに呟く。
「……保険申請は?」
沈黙。
周囲が止まる。
「え?」
「保険?」
「何の?」
誰も考えていなかった。
レオノーラはゆっくり振り返る。
「何の、ではありませんわ」
一拍。
「なぜ毎回、
災害前提で準備をなさらないんですの?」
正論だった。
しかしこの学園では、
その正論が一番怖かった。




