第五話 『悪役令嬢、監査を始める』 Opening 「悪役令嬢、巡回する」
朝の王立アストレア学園。
今日も今日とて、
空には花弁が舞っていた。
中庭では誰かが告白しているらしく、
遠くで鐘が鳴っている。
なぜ学園に常設鐘演出があるのか、
もう誰も疑問に思わない。
そんな中。
石畳の廊下を、
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
が歩いていた。
黒いドレス。
冷たい美貌。
威圧感。
ここまではいつも通り。
だが今日は決定的に違う点がある。
彼女の両腕が塞がっていた。
左手。
学園全体地図。
右手。
魔力測定器。
脇には被害記録帳簿。
さらにメモ用紙まで挟まっている。
完全に監査官だった。
もはや悪役令嬢ではない。
災害調査員である。
彼女は立ち止まり、
魔力測定器を空へ向ける。
ジジジ……。
針が震える。
「やはり朝方は数値が高いですわね……」
ぶつぶつ分析を始める。
通りすがりの生徒たちがざわついた。
「出た……」
「ロマンス監査官……!」
「昨日も壁ドン現場を摘発したらしいぞ」
「イベント参加者、泣きながら始末書書かされたって……」
言い方が完全に風紀委員である。
レオノーラは聞こえていた。
全部聞こえていた。
だが彼女は静かにため息を吐くだけだった。
(なぜ恋愛が違法取引みたいな扱いになっておりますの……?)
本来、
乙女ゲームとはもっと華やかなものではないのか。
ときめき。
青春。
甘酸っぱい恋。
そういうもののはずである。
なのに現状。
爆発。
崩落。
予算超過。
労災。
修繕申請。
単語が全部行政寄りだった。
レオノーラは帳簿をめくる。
『第二回廊修繕費』
『壁ドン事故被害補填』
『薔薇花弁除去費』
『屋上給水塔爆発対応』
頭痛がした。
(被害額、普通に違法建築レベルですわ……)
しかも恐ろしいことに、
これら全部が“恋愛イベント扱い”で処理されている。
学園の感覚が麻痺していた。
その時。
魔力測定器が急に反応した。
ピィィィィッ!!
レオノーラが顔を上げる。
中庭方面。
キラキラ。
風。
花弁。
嫌な予兆だった。
近くの女子生徒たちが騒ぎ始める。
「始まる……!」
「イベントの気配よ……!」
気配で察知されている。
レオノーラは真顔で測定器を握り直した。
「……本日の巡回を開始しますわ」




