シーン3 「物語の残響」
雨は、
いつの間にか弱くなっていた。
窓ガラスを流れていた水滴も、
少しずつ細くなっていく。
店の中では、
他愛ない会話が続いていた。
セシルが税金へ文句を言い、
アルベルトが苦笑し、
ミレイユが笑う。
その空気を聞きながら、
レオノーラはふと窓の外へ目を向けた。
通りの向こう。
軒先で、
若い学生たちが立ち話をしている。
制服姿の少年と少女。
二人とも、
妙にぎこちない。
少年は何度も髪を触り、
少女は視線を泳がせている。
どうやら、
恋愛相談らしかった。
「いや、だから……」
少年が真っ赤になりながら言う。
「急に誘ったら、
変かなって……」
「変ではないと思うけど……」
少女の方も、
慣れていない。
「でも、
言い方は考えた方がいいかも」
「どう言えばいいんだよ……」
「それは……その……」
二人とも黙る。
気まずい沈黙。
全然劇的じゃない。
かつての世界なら。
ここで偶然の風が吹き、
花弁が舞い、
運命的な音楽でも流れていたかもしれない。
あるいは、
空から恋愛イベントが降ってきた。
けれど今は違う。
誰も演出してくれない。
だから彼らは、
不器用なまま、
自分の言葉で向き合っていた。
沈黙。
やがて少年が、
諦めたように頭を掻く。
「……とりあえず、
一緒に飯でもって言えばいいかな」
少女が少し笑った。
「それでいいと思う」
ぎこちない。
不格好。
洗練された名台詞なんて、
どこにもない。
けれど。
ちゃんと、
自分の人生だった。
レオノーラは、
静かに目を細める。
かつての観測者たちなら。
こういう人生を、
“退屈”と呼んだだろう。
盛り上がりがない。
悲劇がない。
奇跡がない。
感情出力が弱い。
物語としては、
きっと出来が悪い。
だが。
レオノーラは思う。
退屈とは、
悲劇がないことではない。
誰かに壊される心配をせず。
脚本に追われることもなく。
安心して、
明日の予定を考えられること。
失敗しても、
世界が終わらないこと。
未来を、
自分で選べること。
それを人は、
“平和”と呼ぶのだ。
窓の外。
学生たちは、
まだ不器用に話している。
その様子を見ながら、
レオノーラは小さく息を吐いた。
そして。
少しだけ、
嬉しそうに笑った。




