シーン1「無脚本世界」
白い世界。
境界が曖昧だった。
空と地面の区別すら、
時々消える。
遠くにあった塔は、
霞みながら輪郭を失い、
また突然戻る。
現実が、
安定していない。
王都中央広場。
人々は、
立ち尽くしていた。
誰も動けない。
いや。
どう動けばいいのか、
分からない。
今まで世界には、
“流れ”があった。
運命。
物語。
補正。
誰が主人公で、
誰が脇役で、
誰がどこへ向かうのか。
無意識のうちに、
全員が導かれていた。
だが。
もうない。
未来が、
存在しなかった。
ベアトリクスが、
白化する術式盤を見つめる。
「未来予測……」
震える声。
「完全消失しています」
セシルが眉を顰める。
「消失?」
「見えないんじゃなく?」
ベアトリクスは、
ゆっくり首を振った。
「違います……」
彼女の指先が、
小さく震える。
「“未来そのもの”が、
固定されていないんです」
沈黙。
ミレイユが、
不安そうに呟く。
「それって……」
ベアトリクスは、
苦しそうに答えた。
「誰も、
次の瞬間を保証されていない」
空気が冷える。
今までは違った。
運命律が、
未来を定義していた。
悲劇も。
幸福も。
死すら。
全部、
脚本が存在した。
だから世界は、
安定していた。
だが今。
脚本はない。
補正もない。
奇跡も起きない。
主人公も存在しない。
つまり。
誰も、
守られない。
完全自由。
同時に。
完全不確定。
兵士の一人が、
震える声を漏らす。
「じゃあ……」
「明日、
どうなるんだ……?」
誰も答えられない。
未来が、
白紙だから。
花屋の少女が、
泣きそうな顔で呟く。
「お店……
続ければいいのかな……」
漁師は、
海を見る。
だが。
海へ出れば、
帰って来られる保証はない。
学生は、
進路希望書を握り締めたまま、
立ち尽くしている。
夢を選んでも、
成功する脚本はない。
恋人たちは、
互いの手を握る。
けれど。
永遠を約束する運命は、
もうどこにも存在しない。
人類は、
初めて理解する。
自由とは。
“保証がない”ということだ。
セシルが、
小さく笑った。
乾いた笑い。
「……怖ぇな」
本音だった。
物語の世界は、
残酷だった。
だが。
少なくとも、
意味はあった。
未来は用意されていた。
けれど今。
誰にも、
何も決められていない。
完全な未知。
完全な自由。
それは、
あまりにも恐ろしかった。
ミレイユが、
静かに胸を押さえる。
不安で、
苦しい。
それでも。
彼女は、
小さく息を吐いた。
「……でも」
誰もが、
彼女を見る。
ミレイユは、
白い空を見上げた。
「やっと、
“自分で選ぶ未来”になったんだよね」
静寂。
その言葉は、
誰にも演出されていなかった。
だからこそ。
不器用なくらい、
本物だった。




