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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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241/250

シーン1「無脚本世界」

白い世界。


境界が曖昧だった。


空と地面の区別すら、

時々消える。


遠くにあった塔は、

霞みながら輪郭を失い、

また突然戻る。


現実が、

安定していない。


王都中央広場。


人々は、

立ち尽くしていた。


誰も動けない。


いや。


どう動けばいいのか、

分からない。


今まで世界には、

“流れ”があった。


運命。


物語。


補正。


誰が主人公で、

誰が脇役で、

誰がどこへ向かうのか。


無意識のうちに、

全員が導かれていた。


だが。


もうない。


未来が、

存在しなかった。


ベアトリクスが、

白化する術式盤を見つめる。


「未来予測……」


震える声。


「完全消失しています」


セシルが眉を顰める。


「消失?」


「見えないんじゃなく?」


ベアトリクスは、

ゆっくり首を振った。


「違います……」


彼女の指先が、

小さく震える。


「“未来そのもの”が、

固定されていないんです」


沈黙。


ミレイユが、

不安そうに呟く。


「それって……」


ベアトリクスは、

苦しそうに答えた。


「誰も、

次の瞬間を保証されていない」


空気が冷える。


今までは違った。


運命律が、

未来を定義していた。


悲劇も。


幸福も。


死すら。


全部、

脚本が存在した。


だから世界は、

安定していた。


だが今。


脚本はない。


補正もない。


奇跡も起きない。


主人公も存在しない。


つまり。


誰も、

守られない。


完全自由。


同時に。


完全不確定。


兵士の一人が、

震える声を漏らす。


「じゃあ……」


「明日、

どうなるんだ……?」


誰も答えられない。


未来が、

白紙だから。


花屋の少女が、

泣きそうな顔で呟く。


「お店……

続ければいいのかな……」


漁師は、

海を見る。


だが。


海へ出れば、

帰って来られる保証はない。


学生は、

進路希望書を握り締めたまま、

立ち尽くしている。


夢を選んでも、

成功する脚本はない。


恋人たちは、

互いの手を握る。


けれど。


永遠を約束する運命は、

もうどこにも存在しない。


人類は、

初めて理解する。


自由とは。


“保証がない”ということだ。


セシルが、

小さく笑った。


乾いた笑い。


「……怖ぇな」


本音だった。


物語の世界は、

残酷だった。


だが。


少なくとも、

意味はあった。


未来は用意されていた。


けれど今。


誰にも、

何も決められていない。


完全な未知。


完全な自由。


それは、

あまりにも恐ろしかった。


ミレイユが、

静かに胸を押さえる。


不安で、

苦しい。


それでも。


彼女は、

小さく息を吐いた。


「……でも」


誰もが、

彼女を見る。


ミレイユは、

白い空を見上げた。


「やっと、

“自分で選ぶ未来”になったんだよね」


静寂。


その言葉は、

誰にも演出されていなかった。


だからこそ。


不器用なくらい、

本物だった。

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