シーン2「ミレイユの選択」
白い風が吹いていた。
崩壊しかけた王都。
輪郭の曖昧な街並み。
誰もが、
不安そうに空を見上げている。
未来がない。
いや。
“決められた未来”がない。
それが、
これほど恐ろしいことだとは、
誰も知らなかった。
沈黙が広場を支配する。
泣き出す子供。
祈り始める老人。
立ち尽くす兵士。
皆、
答えを待っていた。
誰かが。
主人公が。
英雄が。
この状況を解決してくれるのではないかと。
だが。
もう、
そんな脚本は存在しない。
ミレイユは、
その空気を感じ取っていた。
胸が苦しい。
怖い。
怖くてたまらない。
今までずっと、
彼女は“主人公”だった。
運命律に選ばれた存在。
世界が味方し、
物語が導き、
人々が期待する役。
失敗しても、
最後には意味が与えられた。
苦しみすら、
“感動”へ変換された。
けれど今。
何もない。
補正も。
保証も。
奇跡も。
自分で決めなければならない。
自分で進まなければならない。
それは、
想像以上に怖かった。
ミレイユの肩が、
小さく震える。
レオノーラが、
静かに彼女を見る。
急かさない。
導かない。
答えを与えない。
ただ、
待つ。
ミレイユは、
ゆっくり唇を開いた。
「……怖い」
掠れた声。
白い世界へ、
小さく響く。
「未来がないの、
怖い……」
涙が零れる。
「失敗するかもしれない」
「間違えるかもしれない」
「誰にも褒められないかもしれない」
「意味なんて、
ないかもしれない……」
本音だった。
物語を失った人間の、
むき出しの恐怖。
広場の人々も、
静かに聞いていた。
誰も、
同じ気持ちだったから。
ミレイユは、
震える拳を握る。
怖い。
それでも。
彼女は、
ゆっくり顔を上げた。
白い空を見る。
そこにはもう、
観客席はない。
誰も見ていない。
だからこそ。
彼女は、
自分の言葉を選ぶ。
「……でも」
小さな声。
けれど。
確かだった。
「わたし、
自分で選びたい」
空気が静まる。
ミレイユは、
涙を拭わなかった。
泣いたまま、
続ける。
「主人公じゃなくていい」
「特別じゃなくていい」
「失敗してもいい」
胸へ手を当てる。
「それでも――」
一拍。
「わたしは、
わたしとして生きたい」
沈黙。
その瞬間。
白く揺らいでいた世界が、
ほんの少しだけ安定した。
誰にも演出されていない。
奇跡でもない。
ただ。
一人の人間が、
自分で生きることを選んだ。
それだけだった。
だが。
それはきっと、
どんな主人公補正よりも強い意志だった。




