第30話 『人生の続き』Opening「白紙世界」
世界が、白かった。
空も。
地面も。
海も。
境界がない。
色という概念そのものが、
溶け落ちているみたいだった。
風だけが吹く。
だがその風すら、
どこから来ているのか分からない。
王都。
だった場所。
建物の輪郭が、
ゆっくり崩れていく。
石畳は白へ滲み、
塔は霞み、
遠景はノイズみたいに揺らいでいる。
人々は、
立ち尽くしていた。
誰も理解できない。
拍手が消えた。
歓声が消えた。
運命律が消えた。
そして今。
“現実そのもの”が、
消え始めている。
子供が泣く。
母親が抱き締める。
だが、
抱き締めた腕の輪郭が、
少しずつ透けていく。
兵士が叫ぶ。
「逃げろ!!」
けれど。
どこへ逃げればいいのか、
誰にも分からない。
空間そのものが、
崩壊している。
王都中央広場。
花屋の少女が、
震えながら空を見る。
花籠の色が、
消えていく。
赤。
青。
黄色。
全部、
白へ溶ける。
少女は、
泣きそうな顔で呟く。
「……世界、
なくなるの……?」
誰も答えられない。
セシルが、
舌打ちした。
「クソッ……」
白化した街並みを睨む。
「運命律を壊したせいで、
現実固定が死んでやがる……」
ベアトリクスは、
術式盤へ必死に魔力を流していた。
だが。
盤面は、
何も表示しない。
「観測エネルギー、
完全停止……」
掠れ声。
「世界維持演算、
崩壊中です……」
ミレイユが、
小さく震える。
「そんな……」
「せっかく……」
唇が震える。
「やっと、
自由になれたのに……」
その時。
遠くで、
建物が音もなく崩れた。
崩壊ではない。
消失。
存在が、
白紙へ戻っていく。
まるで。
“まだ描かれていない世界”へ、
全てが巻き戻っているみたいに。
人々の恐怖が広がる。
「終わりだ……」
「世界が……」
「全部消える……!」
泣き声。
悲鳴。
絶望。
だが。
その中心で。
レオノーラだけは、
静かだった。
白く溶ける空を見上げる。
もう、
巨大魔法陣はない。
観客席もない。
誰も見ていない。
完全な静寂。
完全な白紙。
それは、
恐ろしいほど空虚だった。
同時に。
どこまでも、
自由だった。
レオノーラは、
ゆっくり目を閉じる。
理解していた。
これは、
終末ではない。
“物語が消えた後”の世界だ。
つまり。
誰にも書かれていない、
本当の“人生の続き”だった。




