シーン2「誘惑」
観測領域最深部。
巨大図書館。
いや。
図書館というより、
“世界そのものの脳”だった。
果てが見えない。
無数の書架。
無数の本。
無数の光。
一冊ごとに、
誰かの人生。
誰かの恋。
誰かの死。
誰かの絶望。
誰かの幸福。
全部、
記録されている。
否。
――既に“決定”されている。
空間そのものが、
微かに脈動していた。
まるで。
この場所が、
“物語を生産する工場”みたいに。
ミレイユが、
青ざめた顔で周囲を見る。
「……これ、
全部……?」
ベアトリクスが、
震える指で一冊へ触れる。
本が開く。
そこには、
文字。
未来。
“何月何日、
誰が死ぬ”
“誰が恋へ落ちる”
“誰が裏切る”
“誰が泣く”
全部、
書かれていた。
セシルが、
吐き捨てるように笑う。
「最低だな……」
「人生が、
台本かよ」
その瞬間。
図書館全体へ、
声が響いた。
『違う』
静寂。
無数の声。
だが、
不思議と調和している。
観測者。
いや。
“作者たち”。
『これは救済だ』
『不幸を減らせる』
『感動を作れる』
『意味を与えられる』
書架が、
一斉に発光する。
そして。
空間中央。
巨大な一冊が、
ゆっくり開いた。
他の本とは、
格が違う。
黒い表紙。
脈動している。
タイトル。
【原初脚本】
ベアトリクスの顔から、
血の気が引いた。
「……世界基盤です」
「これが、
全ての脚本の親……」
ミレイユが、
小さく後退する。
本が、
勝手に頁をめくる。
そこには、
理想の未来が描かれていた。
戦争のない世界。
誰も死なない世界。
失恋のない世界。
永遠に幸福な恋人たち。
病も。
貧困も。
孤独もない。
完璧な幸福。
観測者たちの声が、
甘く響く。
『脚本を書き換えろ』
『幸福な世界にしてやる』
『全員救済できる』
『悲しみのない物語へ』
甘い。
本当に甘かった。
誰も傷付かない。
誰も泣かない。
誰も絶望しない。
そんな世界が、
目の前へ提示されている。
ミレイユの肩が、
微かに揺れた。
セシルでさえ、
一瞬だけ黙る。
あまりにも、
魅力的だった。
だが。
レオノーラだけは、
黙って巨大な脚本を見つめていた。
静かに。
冷たく。
そして。
ゆっくり口を開く。
「……つまり」
空間が静止する。
「貴方たちは、
人間から」
一拍。
「失敗する権利すら、
奪うつもりですのね」




