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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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235/250

シーン1「観測者本体」

観測領域最深部。


そこは、

空でも、

海でもなかった。


無限に続く、

巨大図書館。


棚。

棚。

棚。


どこまでも積み上がる、

無数の本。


古びた羊皮紙。

黒い革装丁。

金文字。

燃えるような赤。


そして。


全部に、

名前が書かれていた。


人間の名前。


王族。

貴族。

兵士。

花売り。

漁師。

子供。


死んだ者も。

まだ生きている者も。


この世界に存在した、

全員分。


ミレイユが、

震える声を漏らす。


「……なに、

これ……」


ベアトリクスは、

青ざめたまま、

術式盤を握り締めていた。


「人生脚本です……」


静寂。


彼女は、

目の前の棚を見上げる。


「未来予測じゃない……」

「確定記述です」


セシルが、

乾いた笑いを漏らした。


「はは」

「最悪更新し続けるの、

やめろよこの世界……」


誰も笑えない。


レオノーラは、

一冊の本へ視線を向けた。


革表紙。


そこには、

金文字で記されている。


【レオノーラ・ヴァレンシュタイン】


彼女は、

ゆっくり本を開く。


ページが、

勝手に捲れる。


幼少期。


悪役令嬢としての振る舞い。


断罪。


破滅。


そして。


観測者への反逆。


全部、

書かれていた。


ミレイユが、

息を呑む。


「そんな……」


さらにページが進む。


未来。


まだ起きていない会話。


まだ流していない涙。


まだ選んでいない決断。


全部、

既に記述されている。


セシルが、

低く呟く。


「人生が、

ネタバレ済みってわけか」


その時だった。


図書館の奥。


暗闇。


そこから、

無数の“気配”が現れる。


足音ではない。


ページを捲る音。


ざわり。


ざわり。


無数の視線。


そして。


人影。


輪郭が曖昧な、

半透明の存在たち。


顔が、

崩れている。


誰かの形をしているのに、

誰でもない。


ベアトリクスが、

息を止めた。


「……観測者」


だが。


以前のような、

圧倒的超越感はなかった。


むしろ。


疲弊していた。


空洞だった。


感情だけで動く、

亡霊みたいに。


一体が、

本棚へ手を伸ばす。


指先は、

ページを撫でながら震えている。


『次は』

『もっと感動を』


別の存在。


『もっと悲劇を』


また別の存在。


『泣きたい』


『愛されたい』


『心を動かしたい』


『忘れたくない』


声。


声。


声。


その全てが、

どこか必死だった。


レオノーラは、

ゆっくり目を細める。


「……貴方たち」


観測者たちは、

一斉に彼女を見る。


その瞬間。


レオノーラは、

理解してしまう。


神ではない。


怪物でもない。


彼らは。


“物語へ依存し続けた人類”だった。


現実を生きられなくなった者たち。


退屈へ耐えられなかった者たち。


感情を、

消費し続けなければ、

自分を維持できなくなった文明の残骸。


セシルが、

顔を歪める。


「……終わりだな」


低い声。


「物語ばっか食ってた結果、

自分の人生なくしたのか」


観測者の一体が、

震える声で呟く。


『だって』

『現実は』

『退屈だった』


別の存在。


『苦しかった』


『意味が欲しかった』


『物語の中だけが、

生きてる気がした』


ミレイユが、

小さく息を呑む。


怒れなかった。


あまりにも、

人間的だったから。


レオノーラは、

静かに本棚を見渡す。


無数の脚本。


無数の人生。


誰かが、

意味を欲しがった果て。


誰かが、

感動を求め続けた果て。


その終点が、

ここだった。


感情消費文明。


人生を、

“読むもの”へ変えてしまった世界の墓場。


そして。


観測者たちは、

まだ求めている。


次の物語を。


次の悲劇を。


次の主人公を。

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