第29話 『作者殺し』Opening「原初脚本」
観測領域最深部――。
そこは、
空間というより、
“記録”そのものだった。
果てが見えない。
無数の本棚。
無数の紙片。
無数の光。
巨大図書館。
だが、
静寂はない。
ページを捲る音。
誰かの泣き声。
歓声。
笑い。
絶望。
告白。
断末魔。
あらゆる人生の感情が、
紙の擦れる音みたいに混ざり合っている。
レオノーラたちは、
黒い階段を降りていた。
足元には、
文字が浮かぶ。
誰かの人生。
誰かの選択。
誰かの結末。
ミレイユが、
小さく震える。
「……ここ、
何……?」
ベアトリクスの顔色は、
既に限界だった。
術式盤を握る指が、
白くなる。
「運命律中枢……」
掠れ声。
「世界脚本保管領域です……」
セシルが、
嫌そうに天井を見上げた。
「マジで図書館かよ……」
すると。
本棚の一つが、
勝手に開く。
ページが舞った。
空中へ、
光景が映る。
王都炎上。
ミレイユ死亡。
セシル自己犠牲。
レオノーラ処刑。
全部、
まだ起きていない未来。
ミレイユ、
息を呑む。
「……なに、これ」
ベアトリクスが答える。
「脚本です」
沈黙。
「未来予測ではありません」
彼女は、
震えながら本棚へ触れた。
すると。
別のページが開く。
恋愛。
裏切り。
親友決裂。
涙の再会。
滅亡直前告白。
観測者たちが愛した、
“盛り上がる展開”。
全部、
既に書かれている。
セシルが、
乾いた笑いを漏らした。
「……終わってんな」
本棚は続く。
続く。
どこまでも。
人類全員分。
農民。
兵士。
子供。
王族。
花屋。
漁師。
背景人物。
全員。
人生が、
物語として整理されている。
ジャンル分類みたいに。
ミレイユが、
ふらつきながら呟く。
「じゃあ……」
涙声。
「わたしたちが悩んだことも」
「苦しかったことも」
「全部……」
ページをめくる音。
パラパラパラ、と。
まるで、
誰かが続きを読んでいるみたいに。
ベアトリクスが、
最後に中央を指差した。
図書館中心。
そこには、
一冊だけ。
桁違いに巨大な本。
鎖で封印され、
無数の術式が絡み付いている。
題名はない。
だが。
存在するだけで分かる。
世界そのもの。
セシルの表情が、
初めて凍った。
「……あれか」
ベアトリクス、
静かに頷く。
「“原初脚本”」
空間が軋む。
無数の視線。
観測者たちが、
一斉にこちらを見始める。
レオノーラは、
巨大な本を見上げた。
怒りではない。
嫌悪でもない。
ただ、
深い理解。
人類はずっと、
読まれていた。
人生を。
未来を。
結末を。
そして今。
彼女たちは、
“世界を書いている本”の前へ辿り着いてしまった。




