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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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233/250

ラスト「シナリオ核」

 地下観測室。


 世界中を覆っていた断罪劇の熱狂から切り離されるように、そこだけは冷たく静まり返っていた。


 術式盤の光が、青白く明滅する。


 ベアトリクスは、ほとんど倒れ込むような姿勢で解析陣へ向かっていた。


 髪は乱れ、指先は震え、目の下には深い隈。


 それでも彼女は、止まらない。


 止まれなかった。


「……おかしい」


 掠れた声。


 無数の術式層。

 崩壊した運命律。

 断罪劇を強制していた演出構造。


 そのさらに奥。


 今まで、絶対に開かなかった領域がある。


 セシルが眉をひそめる。


「またヤバい顔してるな、お前」


「静かにしてください……」


 ベアトリクスは震える指で空間へ術式を展開する。


 光が走る。


 世界構造図が、幾重にも分解されていく。


 都市。

 感情流。

 観測層。

 運命補正。

 物語演算。


 その全ての中心。


 そこに――あった。


 巨大な“本”。


 否。


 本の形をした、世界法則。


 観測室の空間中央へ、黒いページ群がゆっくり展開する。


 紙ではない。


 光。

 記録。

 因果。

 人生。


 それらが重なり合って、“脚本”の形を取っていた。


 ミレイユが息を呑む。


「……なに、これ」


 ページが、勝手に捲れる。


 そこには。


【王都炎上】

【主人公覚醒】

【悪役令嬢断罪】

【涙の別離】

【自己犠牲】


 世界で起きた出来事が、最初から“文章”として記述されていた。


 いや。


 違う。


 文章になったのではない。


 文章通りに、世界が動かされていた。


 セシルの顔から血の気が引く。


「……冗談だろ」


 ベアトリクスが、ゆっくり呟く。


「運命律中枢……」


「世界演算核……」


「これが……」


 一拍。


「“原初脚本”です」


 沈黙。


 その瞬間、観測室の空気そのものが重くなる。


 まるで。

 世界の心臓を覗いてしまったみたいに。


 レオノーラは静かに、その脚本を見上げた。


 黒いページは脈動している。


 まるで生き物だ。


 いや。

 実際、生きているのかもしれない。


 人類の感情。

 観測者の期待。

 “盛り上がり”。


 それら全てを燃料にして、世界を動かしてきた存在。


 ベアトリクスの声が震える。


「これがある限り……」


「世界は、必ず“物語”へ戻されます」


 ページが捲れる。


 次の記述が現れる。


【最終断罪】

【悪役令嬢、絶望】

【世界崩壊】

【感情収束・最大】


 観測室の温度が下がる。


 セシルが吐き捨てる。


「最後まで、盛り上げる気かよ……」


 その時だった。


 原初脚本の中心部。


 そこへ、亀裂が走る。


 レオノーラが目を細める。


「……壊れておりますの?」


 ベアトリクスは、息を止めた。


 解析式を走らせる。

 何重にも確認する。

 あり得ない結果を、何度も否定する。


 だが。


 答えは変わらなかった。


 彼女はゆっくり顔を上げる。


「違う……」


「これは……」


 掠れた声。


「壊せます」


 全員が凍った。


 セシル。


「は?」


「原初脚本は完全固定構造じゃない……」


 ベアトリクスの指が、震えながら術式盤をなぞる。


「観測と感情によって維持されている以上……」


「逆算すれば……」


「干渉可能です」


 ミレイユが、小さく呟く。


「……消せるの?」


 ベアトリクスは答えない。


 代わりに。


 術式盤へ、赤い文字が浮かび上がった。


【原初脚本】

【破壊可能】


 沈黙。


 世界が止まったみたいな静寂。


 そして。


 空が、震えた。


 巨大観客席の残骸が、ざわめき始める。


 無数の視線。


 無数の感情。


 観測者たちが。

 気付いた。


 自分たちの“脚本”へ、

 人類が手を掛けようとしていることに。


 空の向こうから、無数のノイズ混じりの声が漏れる。


『やめろ』


『それは物語だ』


『壊すな』


『終わらせるな』


 レオノーラは、静かに原初脚本を見つめた。


 そこには。

 彼女自身の名前も書かれている。


【悪役令嬢】


 定められた役。


 消費される人格。


 誰かに期待された人生。


 だが。


 彼女は、ゆっくり笑った。


 いつもの。

 あの、誇り高い悪役令嬢の笑みで。


「――ようやく、舞台裏へ辿り着きましたのね」

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