シーン3「レオノーラ拒絶」
観測領域最深部。
巨大図書館。
どこまでも続く、
白い本棚。
天井は見えない。
床すら、
紙で出来ているみたいだった。
無数の脚本。
無数の人生。
誰かの出会い。
誰かの失恋。
誰かの病死。
誰かの覚醒。
誰かの幸福。
全部、
最初から書かれている。
空気は静かだった。
静かすぎて、
逆に狂気じみている。
レオノーラたちは、
その中心へ立っていた。
前方。
巨大な光。
観測者たち。
人の形ですらない。
無数の感情が、
積み重なった集合体。
歓喜。
期待。
憧れ。
絶望。
感動。
それらだけで構成された、
“観客”の亡霊。
そして。
その中心から、
声が響く。
『脚本を書き換えろ』
甘い声だった。
責める響きはない。
むしろ、
優しい。
『君なら出来る』
『全員を救える』
『悲劇を消せる』
『誰も死なない世界にしてやる』
空間が揺れる。
本棚から、
無数の未来が浮かび上がった。
戦争のない国。
涙のない家族。
病の消えた街。
誰も孤独ではない世界。
ミレイユが、
息を呑む。
セシルも、
珍しく言葉を失った。
甘い。
本当に、
甘かった。
もし受け入れれば。
苦しみは終わる。
失敗も、
喪失も、
後悔も。
全部、
消せる。
観測者たちは、
静かに続ける。
『幸福な世界だ』
『誰も傷つかない』
『誰も間違えない』
『理想だろう?』
その瞬間。
レオノーラが、
小さく笑った。
嘲笑ではない。
どこか、
寂しそうな笑み。
彼女は、
巨大な脚本群を見上げる。
そこには、
完璧な幸福が並んでいた。
完璧すぎて。
まるで、
作り物みたいだった。
レオノーラは、
静かに口を開く。
「幸福を――」
観測層が、
静止する。
「決められた時点で」
一歩、
前へ出る。
「それは人生ではありませんわ」
沈黙。
観測者たちが、
揺らぐ。
レオノーラは、
続けた。
「失敗する自由も」
「間違える自由も」
「後悔する自由も」
「人間には必要ですの」
無数の脚本が、
微かに震える。
「誰かに与えられた幸福は」
「檻と変わりませんわ」
観測者たちが、
ざわめいた。
『だが苦しいぞ』
『人は傷つく』
『孤独になる』
『救われない者も出る』
レオノーラは、
即答した。
「ええ」
その声は、
驚くほど穏やかだった。
「それでも」
彼女は、
自分の胸へ手を当てる。
「選ぶのは、
生きる人間自身であるべきですわ」
ミレイユが、
ゆっくり顔を上げる。
セシルが、
小さく息を吐いた。
ベアトリクスは、
震える指で原初脚本を見つめる。
観測者たちは、
理解できない。
なぜ。
なぜ人間は、
不完全を選ぶのか。
なぜ。
保証された幸福を、
拒絶するのか。
レオノーラは、
そんな彼らを真っ直ぐ見返した。
「わたくしたちは――」
静かな声。
けれど。
誰より強い断言。
「幸福を“鑑賞”されるために、
生きているわけではありませんの」




