シーン3「役割と人格」
空が、
軋んでいた。
巨大観客席。
無数の視線。
断罪を求める歓声。
その中心で。
レオノーラ・ヴァレンシュタインは、
まるで舞台女優みたいに立っていた。
優雅に。
美しく。
完璧な、
“悪役令嬢”。
観測者たちは、
熱狂している。
『いい』
『悪役感ある』
『ここ最高』
『やっぱり華がある』
だが。
次の瞬間。
レオノーラは、
静かに首を振った。
「勘違いなさらないでくださいまし」
歓声が、
一瞬だけ揺らぐ。
彼女は、
処刑台の中央で言い放つ。
「役は役ですわ」
静寂。
「ですが」
「人生そのものではありません」
空間停止。
観測層へ、
ノイズが走る。
『……え?』
『何言ってる?』
『役を受け入れたんじゃ』
『キャラ崩壊?』
違う。
崩壊しているのは、
“脚本”の方だった。
レオノーラは、
観客席を見上げる。
「わたくしは、
悪役令嬢を演じられます」
「傲慢にもなれますし、
高笑いもできますわ」
そこで。
本当に、
悪役みたいに笑った。
「オーッホッホッホッ!!」
広場が、
呑まれる。
完璧だった。
誰もが思う。
ああ、
この女は確かに悪役令嬢だと。
だが。
笑い終えたレオノーラは、
ふっと静かに目を細めた。
「ですが」
「それは、
わたくしの一面でしかありませんの」
風が吹く。
赤い髪が揺れる。
「人間は、
一つの役だけで出来ておりませんわ」
「誰かの娘で」
「誰かの友人で」
「誰かの敵で」
「時には善人で」
「時には醜くて」
「そうやって、
矛盾しながら生きています」
観測者たちが、
ざわめく。
理解できない。
彼らは、
“キャラクター”として人間を見ていた。
主人公。
悪役。
ヒロイン。
脇役。
属性。
役割。
だが。
レオノーラは、
それを根本から否定する。
「悪役令嬢を演じることはできます」
「けれど」
彼女は、
自分の胸へ手を当てた。
「それだけが、
わたくしではありませんわ」
ミレイユが、
目を見開く。
セシルは、
小さく笑った。
「……ようやく言いやがった」
第五部核心。
役割は、
人格ではない。
物語は、
人生ではない。
人は、
どんな役を与えられても。
その奥に、
“自分自身”を持っている。
レオノーラは、
静かに断言した。
「人間は、
脚本より複雑ですのよ」




