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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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シーン4「観測者の反論」

夜。


 王都は静かだった。


 酒場の灯りが揺れ、

 遠くで犬が吠える。


 誰も、

 世界の命運について語っていない。


 誰も、

 運命に選ばれていない。


 ただ、

 人々が今日を終えようとしている。


 その静けさを。


 空の向こうから、

 無数の視線が見下ろしていた。


 観客席残骸。


 崩れたはずの巨大構造が、

 夜空の奥で淡く脈動する。


 ざわ、

 と。


 空気が震えた。


 レオノーラは、

 王都中央塔の上で顔を上げる。


 来る。


 次の瞬間。


 頭の中へ、

 直接声が流れ込んだ。


『退屈だ』


 低い。


 だが、

 無数の声が重なっている。


『刺激がない』


『感情が弱い』


『盛り上がらない』


『何も起きない』


『物語にならない』


 空が、

 微かにノイズを走らせる。


 遠くで、

 人々が不安そうに空を見上げた。


 観測者たちは、

 隠そうともしない。


 彼らにとって、

 この世界は“作品”なのだ。


 感情を揺らし。


 泣かせ。


 熱狂させ。


 続きを求めさせるもの。


 だから。


 静かな幸福など、

 耐えられない。


『恋は?』


『裏切りは?』


『悲劇は?』


『覚醒は?』


『死は?』


『救済は?』


『どこにある?』


 声が増えていく。


 まるで、

 飢えた観客の野次みたいに。


 セシルが、

 露骨に顔をしかめた。


「うるせぇな」


 舌打ち。


「てめぇら、

 刺激がねぇと生きられねぇのか」


 だが。


 観測者たちは止まらない。


『幸福だけでは薄い』


『感情出力不足』


『平穏は飽きる』


『もっと』


『もっと強い感情を』


 その時。


 レオノーラが、

 静かに口を開いた。


「だから?」


 沈黙。


 一瞬。


 本当に、

 空気が止まった。


 観測者側が、

 理解できないという反応を見せる。


 レオノーラは、

 夜空を見上げたまま続ける。


「退屈なら、

 何ですの?」


 風が吹く。


「刺激が弱いと、

 何か問題でも?」


 観測層が揺らぐ。


 ざわざわと、

 無数の感情ノイズが広がった。


 困惑。


 不快。


 理解不能。


『感情が動かない』


『盛り上がらない』


『それでは価値が低い』


 レオノーラは、

 初めて少しだけ笑った。


 冷たい笑みではない。


 呆れたような笑み。


「価値、ですか」


 彼女は、

 静かに目を細める。


「あなた方は、

 何でも“面白さ”で測りますのね」


 観測者たちがざわめく。


『当然だ』


『感情こそ価値』


『物語こそ意味』


『退屈な人生に意味はない』


 その瞬間。


 レオノーラの瞳が、

 真っ直ぐ空を射抜いた。


「なら」


 一拍。


「わたくしたちは、

 あなた方にとって退屈なままで結構ですわ」


 空間震動。


 観測層全体へ、

 ノイズが走る。


 初めてだった。


 “面白くないこと”を、

 肯定されたのは。


 観測者たちは、

 理解できない。


 なぜ。


 なぜ人間は。


 “物語にならない幸福”を、

 選べるのか。


 ざわざわと、

 観客席残骸が軋む。


 そして初めて。


 その声に、

 明確な苛立ちが混じった。


『……理解不能』

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