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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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224/250

シーン2「ルフレ残響」

夜の劇場は、

 もう半分廃墟だった。


 赤い緞帳は焼け焦げ、

 客席は崩れ、

 天井には大きな亀裂が走っている。


 かつて、

 世界の終幕を演出した場所。


 ルフレ・ノクスが、

 最後まで立っていた舞台。


 今はもう、

 誰もいない。


 ――はずだった。


 それなのに。


 劇場の奥から、

 微かな声が聞こえてくる。


「人は、

 意味を求める」


 レオノーラは、

 静かに足を止めた。


 舞台袖。


 数人の若者たちが、

 壊れた舞台を見上げている。


「ルフレ様、

 間違ってなかったのかもな」


「……あの頃の方が、

 生きてる感じはした」


「毎日が特別だった」


 誰かが、

 ぽつりと呟く。


「今は、

 ただ時間が過ぎるだけだ」


 沈黙。


 その言葉を、

 誰も否定できない。


 レオノーラは、

 崩れた客席を見渡した。


 ここにはもう、

 観測者はいない。


 巨大な拍手も。


 歓声も。


 “盛り上がり”も。


 それなのに。


 人間たちは、

 自分から“物語”を求め始めている。


 セシルが、

 後ろで乾いた笑いを漏らした。


「皮肉な話だな」


 瓦礫へ腰掛けながら、

 煙草もないのに指を動かす。


「ルフレは負けた」


「けど、

 思想は残っちまった」


 レオノーラは答えない。


 分かっていた。


 ルフレ・ノクスは、

 観測者に操られただけの男ではない。


 彼は本当に、

 人間を愛していた。


 だからこそ、

 “意味”を与えたかった。


 苦しみに。


 涙に。


 人生そのものに。


 そして。


 人類側もまた、

 それを望んでしまっている。


 劇場の壁には、

 誰かが書いた文字が残っていた。


『特別になりたい』


 乱雑な字。


 だが、

 妙に生々しい。


 ミレイユが、

 小さく息を呑む。


「……みんな、

 苦しいんだ」


 静かな声だった。


「普通でいることが」


 レオノーラは、

 ゆっくり目を閉じた。


 理解してしまう。


 人は、

 誰かの人生を羨む。


 誰かみたいになりたがる。


 拍手されたい。


 愛されたい。


 記憶されたい。


 “特別”になりたい。


 それは、

 観測者だけの欲望ではない。


 人間自身の中にある。


 だから厄介だった。


 空の向こうから、

 微かなノイズが響く。


 まるで笑っているみたいに。


 観測者たちは、

 知っているのだ。


 人類は、

 完全には“物語”を捨てられないと。


 セシルが、

 低く呟く。


「敵は観測者だけじゃねぇ」


 視線を上げる。


 崩れた舞台。


 かつて、

 世界中を熱狂させた場所。


「人間の中にもいるんだよ」


「“見られたい自分”がな」


 レオノーラは、

 静かに舞台中央へ歩いた。


 焼けた床板。


 崩れた照明。


 もう、

 演出は動かない。


 なのに。


 この場所にはまだ、

 “物語への憧れ”だけが残っている。


 彼女は、

 空を見上げた。


 夜空の奥。


 観客席の残骸が、

 微かに脈動している。


 まるで。


 人間の願望そのものへ、

 呼応するみたいに。


 レオノーラは、

 ゆっくり呟いた。


「……厄介ですわね」


 それは、

 観測者への言葉ではない。


 人間そのものへの、

 静かな理解だった。

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