第27話 『幸福は退屈か』Opening「何も起きない日」
朝。
王都の空は、
どこまでも普通だった。
青い。
ただ、
青い。
雲がゆっくり流れ、
鳥が飛び、
風が吹く。
それだけ。
誰も、
空を見上げない。
もう、
巨大魔法陣はないから。
市場通り。
パン屋が開き、
花屋が花を並べ、
子供たちが走る。
衛兵は欠伸をしながら門を守り、
商人は値切り合いをしている。
平和だった。
あまりにも。
誰も死なない。
誰も暴走しない。
突然の覚醒もない。
伝説の武器も出現しない。
空が裂けることも、
世界崩壊予兆もない。
英雄もいない。
悪役もいない。
誰も、
世界を救わない。
ただ、
人が生きている。
それだけ。
なのに。
市場の空気には、
奇妙な落ち着かなさがあった。
「……最近、
何も起きねぇな」
果物屋の男が、
ぼそりと呟く。
「平和で良いことじゃないか」
隣の店主が笑う。
だが。
笑ったあと、
少し沈黙する。
妙な間。
「……まあ、
そうなんだけどな」
どこか、
歯切れが悪い。
広場。
吟遊詩人が、
困った顔で竪琴を弾いていた。
歌う題材がない。
最近の話題といえば、
天気くらいだ。
酒場でも同じだった。
「昔は、
もっとこう……
大事件があったよな」
「空が割れたりな」
「人が消えたり」
「英雄だの、
終末だの」
誰かが笑う。
だが、
その笑いは少し乾いていた。
「……刺激があった」
ぽつり。
その言葉だけが、
妙に重く残る。
王都中央通り。
ミレイユは、
そんな人々を見ながら歩いていた。
静かな街。
平和な空気。
怖がっていたはずのもの。
望んでいたはずのもの。
なのに。
人々は、
どこか満たされていない。
恋人たちは、
以前より簡単に別れるようになった。
運命的な恋愛演出が消えたから。
若者たちは、
何か“大きなこと”を求めていた。
だが、
そんなものは滅多に起きない。
当然だ。
人生とは本来、
そういうものだから。
けれど。
“物語”に慣れた人間は、
静かな日々へ耐えきれなくなり始めていた。
王都の一角。
小さな噴水前。
若い男が、
空を見上げながら呟く。
「このまま、
ずっと同じ毎日なのかな……」
誰も答えない。
風だけが吹く。
平和。
安全。
穏やか。
なのに。
胸の奥が、
少しだけ苦しい。
まるで、
何か大事なものが足りないみたいに。
その時。
空の向こうで、
微かにノイズが走った。
一瞬だけ。
崩壊した観客席残骸が、
淡く明滅する。
誰も気づかない。
だが。
“向こう側”は、
見ていた。
人類が、
静かな幸福へ飽き始めていることを。




