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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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221/250

ラスト「観測者再起動」

 夜。


 王都の空は、

 静かだった。


 静かすぎた。


 第四部の終わり以来、

 世界から“演出”は消えている。


 拍手もない。


 歓声もない。


 意味ありげな風も吹かない。


 ただ、

 夜が来て、

 人々が眠る。


 それだけ。


 王都の灯火が、

 黒い地平へ点々と揺れていた。


 誰にも見られない、

 小さな生活の光。


 その上空。


 かつて世界を覆っていた、

 巨大観客席の残骸が漂っている。


 崩れた段々構造。


 砕けた視線。


 ノイズ混じりの歓声。


 今ではもう、

 半分以上が闇へ溶けていた。


 終わったはずだった。


 観測者は敗れた。


 世界は、

 “物語”から離れ始めた。


 そう、

 思っていた。


 ――その時。


 空が、

 微かに脈動した。


 王都の人々が顔を上げる。


 夜空。


 崩壊しかけた観客席残骸の中心で。


 黒い亀裂が、

 ゆっくり開いていく。


 音はない。


 なのに、

 頭の奥へ直接、

 ざわめきだけが流れ込んでくる。


 期待。


 焦燥。


 飢え。


 退屈。


 感情の濁流。


 レオノーラは、

 王都の丘でそれを見上げていた。


 風が髪を揺らす。


 隣では、

 セシルが舌打ちする。


「……まだ終わってねぇのかよ」


 空の裂け目。


 そこへ。


 巨大な文字が、

 ゆっくり浮かび上がる。


 夜空全体を使うような、

 圧倒的な魔法文字。


『幸福だけでは、

 退屈だ』


 沈黙。


 王都から、

 誰かの息を呑む音がした。


 次の瞬間。


 観客席残骸の奥で、

 無数の“目”が開く。


 ぞわり、

 と。


 空気そのものが粟立つ。


 視線。


 無数の視線。


 人類を、

 世界を、

 再び見始める。


 歓声ではない。


 もっと冷たい。


 “続きを求める目”。


 ミレイユが、

 小さく震えた。


「……また」


 声が掠れる。


「また始めるの……?」


 空の奥。


 崩壊しかけた観測構造が、

 再び明滅を始める。


 悲劇。


 衝突。


 恋。


 裏切り。


 絶望。


 救済。


 感情。


 観測者たちは、

 まだ飢えていた。


 幸福な日常だけでは、

 満足できない。


 静かな人生だけでは、

 耐えられない。


 もっと。


 もっと強い感情を。


 もっと激しい物語を。


 もっと“盛り上がり”を。


 世界の輪郭が、

 微かに揺らぐ。


 遠くで、

 誰かが泣いた。


 誰かが、

 空へ祈った。


 誰かが、

 期待してしまった。


 ――何か、

 起きるのではないかと。


 レオノーラは、

 静かに空を睨む。


 理解していた。


 観測者は、

 怪物ではない。


 人間の欲望を、

 極限まで拡大したものだ。


 退屈を恐れる心。


 意味を欲しがる心。


 感情へ飢える心。


 だからこそ、

 終わらない。


 空の巨大文字が、

 不気味に脈動する。


『もっと』


『もっと』


『もっと』


 世界は再び、

 “物語”へ引き戻されようとしていた。

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