ラストシーン 「人生へ戻る世界」
数日後。
空は、
普通だった。
雲が流れている。
ただ、
それだけのことへ、
人々は何度も足を止めた。
風が吹く。
洗濯物が揺れる。
鳥が飛ぶ。
朝が来て。
夜が来る。
当たり前だったはずの世界が、
まるで奇跡みたいに静かだった。
もう、
拍手は聞こえない。
歓声もない。
空間共鳴も。
滅亡BGMも。
花弁演出も。
主人公補正も。
奇跡もない。
誰かを、
無理やり主役へ仕立て上げる力は、
消えた。
世界は、
不格好なくらい普通へ戻っていた。
だが。
だからこそ。
人々は、
少しずつ“生き始める”。
誰かに見られるためではなく。
誰かに評価されるためでもなく。
自分のために。
王都の花屋では、
少女が朝の花を並べていた。
かつて、
“背景”として消えかけた少女。
彼女は鼻歌を歌いながら、
水を替える。
その歌を、
誰も褒めない。
誰も感動しない。
それでも。
彼女は、
楽しそうだった。
港では、
漁師たちが船を出している。
夜明け前の海は寒く、
波は荒い。
幻想的でもない。
感動的でもない。
ただ、
生きるための仕事。
だが、
老漁師は笑っていた。
「今日は風が良い」
その言葉へ、
拍手はいらなかった。
学園では、
学生たちが進路へ悩んでいた。
恋に悩む者。
夢に迷う者。
何になりたいか分からず、
頭を抱える者。
誰にも記録されない、
小さな青春。
けれど。
確かに、
そこに人生があった。
ミレイユは、
城下町の通りを歩いていた。
もう、
彼女を照らす光はない。
風も演出しない。
世界は、
彼女を主人公扱いしない。
けれど。
彼女は笑っていた。
以前より、
ずっと自然に。
誰かの期待へ応えるためではなく。
自分の感情で。
自分の意思で。
笑えていた。
王都の丘。
レオノーラ・ヴァレンシュタインは、
ひとり空を見上げていた。
巨大魔法陣は、
もう存在しない。
裂けた観客席も。
無数の視線も。
全部、
消えた。
あるのは。
静かな青空だけ。
風が、
彼女の髪を揺らす。
誰も見ていない。
誰も評価しない。
誰も、
物語を期待しない。
そのことが。
少しだけ、
嬉しかった。
レオノーラは、
小さく目を細める。
そして。
誰へ向けるでもなく、
静かに呟いた。
「悪くありませんわね」
拍手はない。
歓声もない。
それでも世界は、
続いていく。
不格好に。
自由に。
人間のものとして。
「こうして世界は、
“物語”から“人生”へ戻っていきましたの――」




