第四話 『壁ドンには耐震基準が存在しません』Opening 「壁ドンの予兆」
朝の王立アストレア学園は、一見すると平和だった。
青空。
爽やかな風。
小鳥のさえずり。
中庭では生徒たちが談笑している。
実に穏やかで、青春学園ものの背景として百点満点の光景である。
……表面上は。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
は、登校しながら静かに目を細めた。
(おかしいですわね)
空気が妙にキラキラしている。
比喩ではない。
本当にキラキラしていた。
廊下の角で光粒が舞い、
風に花弁が混じり、
なぜか背景音楽みたいな鐘の音まで聞こえる。
完全に危険信号である。
最近のレオノーラは理解し始めていた。
この世界では、
“ロマンチックな空気”
が濃くなるほど災害発生率が上がる。
つまり今。
かなり危険だった。
その時。
「大変ですレオノーラ様ぁぁぁ!!」
遠くから叫び声。
廊下の向こうを、
エマ・ローレンス
が全力疾走してきた。
片手に新聞帳。
もう片手にメモ。
完全に現場記者である。
「何がありましたの」
「騎士科で“壁ドンイベント”発生寸前です!!」
言い方が災害速報だった。
周囲の生徒たちがざわつく。
「壁ドン!?」
「誰と誰!?」
「見に行こう!」
野次馬の集まりが早い。
一方、レオノーラの顔は真顔だった。
「場所は?」
「中庭横の第二回廊です!」
「規模予測は?」
「まだ軽度と思われます!」
「油断できませんわね」
完全に災害対策本部の会話である。
エマは息を切らしながら続けた。
「しかも相手、ミレイユ様です!」
その瞬間。
レオノーラの目つきが変わった。
最悪だった。
ヒロイン絡みは運命律の出力が跳ね上がる。
前回は空飛ぶ薔薇庭園。
その前は橋崩落。
今回も絶対ろくなことにならない。
レオノーラは踵を返した。
黒いドレスが翻る。
「止めますわよ」
即答だった。
エマがぱっと顔を輝かせる。
「取材します!」
「貴女は避難誘導をなさい!」
「はい!」
返事だけは良かった。
そして次の瞬間。
レオノーラは廊下を駆け出した。
その背後で、生徒たちがざわめく。
「ロマンス破壊令嬢が動いたぞ……!」
「まずい!」
「また監査が始まる!」
なぜか皆、壁崩壊よりそちらを恐れていた。




