シーン3 「周囲動揺」
地下観測室。
術式盤の光が、異常な速度で明滅していた。
レオノーラへ集中する観測反応。
感情出力。
世界補正。
全部が、危険域を突破している。
ベアトリクスが舌打ちした。
「観測者側、完全に本命扱いへ移行してます……」
その隣で。
セシル・アークライトは、珍しく余裕を失っていた。
いつもの皮肉もない。
冗談もない。
彼は術式盤を睨んだまま、低く言う。
「受けるな」
即断だった。
レオノーラが視線を向ける。
セシルは、真正面から言い切った。
「主人公になった瞬間、お前は世界側になる」
観測室が静まり返る。
彼だけは理解していた。
主人公とは何か。
それは単なる人気者じゃない。
“舞台の所有権”だ。
物語を動かす権限。
同時に。
脚本へ最も深く組み込まれる役。
自由に見えて。
最も自由を失う存在。
「主人公は、世界に愛される」
セシルが吐き捨てる。
「だがな」
「愛されるってことは、期待され続けるってことだ」
「盛り上がりを要求される」
「感情を求められる」
「勝手に失望される」
「勝手に理想を押し付けられる」
乾いた笑み。
「そんなの、舞台装置と大差ねぇよ」
レオノーラは黙って聞いていた。
巨大魔法陣が、不気味に脈動する。
まるで。
その会話すら、面白がっているみたいに。
◆
部屋の隅。
ミレイユ・フェルナンは、ずっと青ざめていた。
彼女だけは知っている。
主人公補正の本当の恐ろしさを。
奇跡。
救済。
運命。
それらは祝福ではない。
“逃げられない役割”だ。
人々は期待する。
救ってくれると。
泣けば助けてくれると。
奇跡を起こしてくれると。
そして。
主人公は、それを拒否できない。
拒否した瞬間。
世界そのものが軋み始める。
ミレイユの肩が震える。
「……だめ」
小さな声。
「レオノーラ様まで……」
彼女は顔を上げる。
怯えた瞳。
「舞台へ連れていかれる……」
その言葉には、実感があった。
恐怖があった。
ミレイユ自身、ずっと舞台中央へ縛り付けられてきたからだ。
レオノーラは静かに彼女を見る。
何も言わない。
だが。
その沈黙が逆に、ミレイユを不安にさせた。
◆
一方。
王国中央劇場。
赤い緞帳。
停止した拍手。
誰もいない客席。
なのに。
歓声だけが響いている。
舞台中央で。
ルフレ・ノクスは、恍惚とした表情を浮かべていた。
「ついに……」
震える声。
「ついに、世界が真の主人公を選ぶ……!」
彼の瞳は輝いていた。
狂気ではない。
純粋な感動。
ルフレは、本気で信じている。
レオノーラ・ヴァレンシュタインこそ。
観測者すら魅了した存在。
物語を拒絶しながら。
誰よりも強く観客の感情を動かす女。
矛盾。
反逆。
孤高さ。
全部が、美しい。
「素晴らしい……」
ルフレは舞台を見上げる。
「運命へ反抗する悪役令嬢が」
「最後には、世界そのものから主役へ選ばれる……!」
その声には、涙すら滲んでいた。
彼にとってこれは。
最高の劇だった。
◆
そして。
民衆にも、変化は広がっていた。
王都。
街角。
酒場。
広場。
人々が、熱に浮かされたみたいに語り始める。
「レオノーラ様なら!」
「きっと世界を変えてくれる!」
「選ばれたんだ!」
「主人公だ!」
危険だった。
人間は、不安になるほど。
“特別な誰か”を求める。
全部を解決してくれる存在。
意味を与えてくれる存在。
物語を導いてくれる存在。
救世主。
主人公。
王。
名前は違っても、本質は同じ。
誰かへ、人生の意味を預けたがる。
巨大魔法陣が、満足そうに脈動する。
まるで。
「ほら」
「人間は、やはり主人公を求める」
そう囁くみたいに。




