シーン4 「拒絶」
夜。
王都上空。
巨大魔法陣が、空の全てを覆っていた。
脈動。
発光。
収縮。
まるで巨大な生物みたいに、ゆっくり呼吸している。
その中心。
“目”が開く。
レオノーラ・ヴァレンシュタインは、一人で立っていた。
王城屋上。
吹き抜ける夜風。
だが。
風ですら演出だった。
彼女の髪を、最も美しく見せる角度で吹く。
花弁が舞う。
光が差す。
夜空なのに。
彼女だけを照らす淡い輝き。
完全に。
“主人公演出”。
そして。
声が響いた。
無数。
男とも女とも分からない。
歓声と囁きが混ざったみたいな声。
『君なら』
『世界を導ける』
『君は特別だ』
『主人公になれ』
空気が震える。
王都全域が、その言葉を聞いていた。
民衆が空を見上げる。
息を呑む。
誰もが、答えを待っている。
レオノーラは黙っていた。
長い沈黙。
巨大魔法陣が、期待するように脈動する。
世界そのものが。
彼女の“承認”を待っている。
◆
その瞬間。
レオノーラは、ゆっくり目を閉じた。
頭へ浮かぶ。
消えた背景人物たち。
存在を忘れられた老人。
泣きながら救済を求め続けたミレイユ。
意味を欲しがった民衆。
そして。
“主人公になれなかった”無数の人生。
彼女は静かに、目を開く。
「主役になど、興味ありませんわ」
世界が止まった。
風。
光。
花弁。
全部。
一瞬で静止する。
観測層。
初めての混乱。
巨大魔法陣の脈動が、不規則に乱れ始める。
◆
『……なぜ?』
声。
困惑していた。
本気で理解できないみたいに。
『君は選ばれた』
『人気がある』
『愛されている』
『特別だ』
観測者たちは、本当に分からなかった。
なぜ拒否するのか。
人は皆。
見られたいはずだ。
愛されたいはずだ。
主人公になりたいはずだ。
そのために、物語を求めるのだから。
なのに。
レオノーラ・ヴァレンシュタインは違った。
彼女は巨大魔法陣を真っ直ぐ睨み返す。
恐怖もない。
陶酔もない。
ただ。
静かな怒りだけがあった。
「主人公が必要な世界は――」
一拍。
「脇役を踏み台にする世界ですもの」
沈黙。
完全停止。
巨大魔法陣の発光が止まる。
空全体が、息を呑んだみたいに静まり返る。
◆
レオノーラは続ける。
「誰か一人を輝かせるために」
「その他大勢を背景へ落とす」
「そんな世界を、わたくしは認めませんわ」
夜風が吹く。
今度は演出ではない。
ただの、冷たい風。
「主役になれば救われる?」
「愛されれば価値がある?」
「違いますわ」
彼女は空を睨み続ける。
「人間は」
「誰かに見られるためだけに、生きているわけではありませんもの」
巨大魔法陣が、微かに揺れた。
初めて。
観測者側が、“理解不能”へ直面していた。
人気。
主人公権。
絶対的加護。
それら全部を差し出しても。
なお拒絶する存在。
それが、理解できない。
◆
そして。
王都の片隅で。
背景化しかけていた露店の青年が、ゆっくり顔を上げる。
兵士が。
老人が。
名もない人々が。
静かに空を見ていた。
誰か一人の主人公ではなく。
自分自身の人生を。
初めて考えるみたいに。
巨大魔法陣は、沈黙したままだった。




