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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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169/250

シーン4 「脚本装置」

王国中央劇場。


 夜。


     ◇


 かつて、

 華やかな舞台芸術の象徴だった場所。


 今は。


 どこか、

 墓場みたいに静かだった。


     ◇


 巨大な客席。


 誰もいない。


 灯りも少ない。


 舞台だけが、

 淡く照らされている。


     ◇


 なのに。


     ◇


 ぱち。


     ◇


 拍手が聞こえる。


     ◇


 誰もいない空間から。


 静かに。


 ゆっくり。


     ◇


 ぱち。


 ぱちぱち。


     ◇


 まるで。


 見えない観客たちが、

 開演を待っているみたいに。


     ◇


 舞台中央。


 ルフレ・ノクス

 が立っていた。


     ◇


 黒い礼装。


 穏やかな微笑み。


 優雅な立ち姿。


     ◇


 だが。


 その姿には、

 決定的に欠けているものがあった。


     ◇


 人間への温度。


     ◇


 客席通路を、

 ゆっくり歩く音。


     ◇


 レオノーラ・ヴァレンシュタイン

 が、

 舞台へ上がる。


     ◇


 視線がぶつかる。


     ◇


 拍手。


     ◇


 ぱち。


     ◇


 ルフレが、

 楽しそうに微笑んだ。


「今夜の主役は、

 あなたですか?」


     ◇


 レオノーラは、

 答えない。


     ◇


 代わりに。


 怒りを抑えない声で言った。


     ◇


「人間を、

 脚本装置扱いするな」


     ◇


 空気が張り詰める。


     ◇


 だが。


 ルフレは、

 静かに笑った。


     ◇


「人は、

 誰かの心を動かすために存在している」


     ◇


 その言葉に。


 レオノーラの目が、

 冷たく細まる。


     ◇


「違いますわ」


     ◇


 一歩、

 前へ出る。


     ◇


「人は、

 生きるために生きていますの」


     ◇


 沈黙。


     ◇


 その瞬間。


 劇場全体が、

 低く軋んだ。


     ◇


 上空。


 巨大魔法陣。


 脈動。


     ◇


 まるで。


 世界そのものが、

 二人の会話を聞いているみたいに。


     ◇


 ルフレは、

 舞台中央で静かに両手を広げる。


     ◇


「なら」


     ◇


「なぜ人は、

 物語を求めるのでしょう」


     ◇


 拍手。


     ◇


「なぜ悲劇に涙し」


     ◇


 光粒子が舞う。


     ◇


「なぜ英雄へ憧れる」


     ◇


 劇場照明が、

 ゆっくり点灯する。


     ◇


「なぜ、

 愛を美しいと思う?」


     ◇


 まるで。


 舞台演出そのものが、

 彼へ味方していた。


     ◇


 だが。


 レオノーラは、

 一歩も引かない。


     ◇


 真正面から。


 彼を見据える。


     ◇


「それは」


     ◇


 一拍。


     ◇


「人間が、

 物語を作ったのであって」


     ◇


 空気が止まる。


     ◇


「物語のために、

 人間が作られたわけではありませんわ」


     ◇


 その瞬間。


 劇場の拍手が、

 ぴたりと止んだ。


     ◇


 沈黙。


     ◇


 巨大魔法陣だけが、

 不気味に脈動している。


     ◇


 ルフレは、

 しばらく黙っていた。


     ◇


 やがて。


 静かに笑う。


     ◇


 穏やかに。


 優雅に。


 そして。


 決定的に、

 相容れない笑みで。


     ◇


 この瞬間。


 二人の思想は、

 完全に対立した。


     ◇


 “物語のための人間”。


     ◇


 “人間のための人生”。


     ◇


 世界の在り方そのものを巡る、

 戦いが始まっていた。

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