シーン2 「被害者たち」
「レオノーラ様ぁぁぁ!!」
廊下の向こうから、
クラリス・エヴァレット
が走ってきた。
大量の書類を抱えて。
ものすごい量だった。
もはや紙の雪崩である。
しかも本人の顔色が悪い。
目の下の隈が昨日より深くなっていた。
たぶん寝ていない。
いや確実に寝ていない。
レオノーラは一瞬だけ同情した。
「おはようございます、クラリス」
「おはようございますではありません……!」
切実だった。
クラリスは半泣きのまま書類束を差し出す。
「また予算外申請が……!」
レオノーラは無言で受け取った。
表紙を見る。
数秒、沈黙。
やがて彼女は静かに読み上げる。
『恋愛演出用特別噴水増設計画』
真顔になった。
いや最初から真顔だったが、さらに真顔になった。
周囲の空気まで冷える。
「……詳細を」
クラリスは震える声で説明する。
「“水の精霊が祝福する告白空間”を新設したいそうです……」
「誰が」
「騎士科の男子生徒です……」
「なぜ」
「告白成功率が上がるらしいです……」
意味がわからない。
レオノーラは書類をめくる。
設計図までついていた。
無駄に本格的である。
中央噴水。
虹発生魔法。
水精霊召喚式。
夜間発光機能。
ベンチ。
薔薇アーチ。
どう考えても告白より建築計画書である。
しかも予算欄には、しっかりと数字が記載されていた。
金貨九百枚。
レオノーラは静かに目を閉じた。
頭痛がした。
「……噴水で告白しないと死ぬんですの?」
正論だった。
クラリスが勢いよく頷く。
「わたくしもずっとそう言っております!!」
限界だった。
「普通に廊下で言えばよろしいでしょう!? なぜ精霊が必要なんですの!? 恋愛とは水属性魔法でしたの!?」
「落ち着いてクラリス」
「落ち着けるわけありませんわ!!」
クラリスは半泣きで書類を抱え直した。
「先週は“星空再現型プロポーズ空間”の申請も来ましたのよ!?」
「規模が国家事業ですわね」
「しかも却下したら“愛を理解しない”って言われました!」
「お気の毒に……」
レオノーラ、本気で同情する。
前世でもこういう人を知っていた。
無茶振り企画を全部経理へ投げられるタイプの人間だ。
クラリスは震える声で続けた。
「どうして皆、恋愛すると急に土木工事を始めますの……?」
深い疑問だった。
レオノーラも同じことを思っていた。
しかもこの世界では、それが当たり前扱いされている。
恐ろしい。
その時、廊下の向こうから男子生徒たちの声が聞こえてきた。
「やっぱ告白は噴水だよな!」
「わかる!」
「水精霊は欲しい!」
「最低でも虹演出は必要だろ!」
レオノーラとクラリスは、同時に遠い目をした。
価値観の断絶が酷い。




