第三話 『恋愛イベント被害者の会』 Opening 「ロマンス破壊令嬢」
翌朝。
王立アストレア学園には、妙な緊張感が漂っていた。
原因は明白である。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
が登校してきたからだ。
黒塗りの馬車が止まり、扉が開く。
レオノーラが降り立つ。
その瞬間。
ざわっ――と人波が割れた。
異様な速度で。
まるで大型魔獣でも歩いてきたかのように、生徒たちが左右へ避けていく。
しかも誰も目を合わせない。
昨日までの「悪役令嬢こわい」ではない。
種類が変わっている。
もっとこう。
“触れてはいけないもの”を見る空気だった。
ヒソヒソ声が飛び交う。
「あれが……」
「ロマンス破壊令嬢……!」
「昨日、生徒会を財政監査したらしい」
「王子殿下が黙ったって本当か?」
「恐ろしい……」
「感動シーンで損害報告書を出したとか……」
「人の心がないのか?」
「逆ですわね」
レオノーラが普通に返した。
噂していた女子生徒たちが飛び上がる。
「ひぃっ!?」
「聞こえておりますわよ」
レオノーラは小さくため息をついた。
(なぜ“予算を気にする人間”が恐怖対象になりますの?)
極めて正論である。
だがこの世界では、
“恋愛イベントに水を差す存在”
は怪異扱いらしい。
価値観が終わっている。
そんな中。
レオノーラはふと違和感に気づく。
視線がある。
だが、生徒たちとは違う種類の視線。
廊下の端。
花屋の職員らしき男性が、彼女を見るなり深々と頭を下げた。
「先日は本当にありがとうございました……!」
「え?」
「薔薇の無茶発注、止まったんです……!」
涙ぐんでいる。
重い。
さらに修復班の職人たちが、通りすがりに無言で会釈した。
用務員の老人、
トーマ
などは、廊下の向こうから親指を立てている。
輸送業者らしき男に至っては、なぜか目頭を押さえていた。
「空輸申請書類に上限がつきました……」
「それは良かったですわね」
「生きて帰れます……」
限界だったらしい。
レオノーラは思わず周囲を見回した。
生徒たちは怯えている。
しかし。
学園運営側の人間には、めちゃくちゃ感謝されていた。
支持層がおかしい。
いや、たぶん正常なのはこちら側だ。
恋愛脳に侵食されていない人々だけが、彼女の存在価値を理解しているのである。
その時だった。
廊下の奥から、
クラリス・エヴァレット
が大量の書類を抱えて走ってくる。
目の下の隈が昨日より濃い。
明らかに寝ていない。
「レオノーラ様ぁぁぁ!!」
救難信号みたいな声だった。
レオノーラは察する。
(また予算外申請ですわね)
完全に理解できてしまう自分が嫌だった。




