ラスト 「会計、救われる」
生徒会室には、重苦しい沈黙が落ちていた。
誰も喋らない。
いや、喋れない。
ロマンスを数字で殴られた結果、全員が微妙に現実へ引き戻されてしまったのである。
窓の外では小鳥が鳴いていた。
空気を読んでほしい。
そんな静寂の中。
不意に。
――パチ。
乾いた拍手の音が響いた。
全員が振り向く。
拍手していたのは、生徒会室の隅。
今まで書類の山に埋もれていた少女だった。
クラリス・エヴァレット
。
眼鏡。
隈。
細い肩。
机の上には恐ろしい量の帳簿。
どう見ても睡眠不足。
書類地獄に魂を囚われた女だった。
彼女は震える手で拍手を続けている。
パチ。
パチパチ。
目には涙。
いやもう完全に泣いていた。
「やっと……!」
声が震える。
「やっと予算を気にする人が……!!」
号泣だった。
生徒会室に衝撃が走る。
アルベルトが戸惑う。
「ク、クラリス?」
クラリスは涙を拭いながら立ち上がった。
「ご存知ですか皆様!?」
急に早口になった。
「わたくし去年からずっと申請書を書いておりますのよ!? “恋愛演出用特別予算”って何ですの!? どうして毎回“緊急ロマンス対応費”が発生するんですの!? なぜ園芸科予算が毎年蒸発するんですの!?」
止まらない。
限界だったらしい。
「時計塔爆発の時も! 湖凍結事件の時も! わたくし一人で帳尻を合わせましたのよ!?」
「そんな名前だったのかあれ……」
ガイウスが引いている。
クラリスは机を叩いた。
「しかも誰も数字を見ませんの!! 皆“感動した”しか言わないんですの!!」
「感動は大事だろう」
アルベルトが言った瞬間。
クラリスがすごい目で睨んだ。
王子が怯んだ。
会計は強い。
「大事なのは黒字です!!」
魂の叫びだった。
生徒会室が静まり返る。
そしてクラリスは、ぐす、と鼻をすすってからレオノーラを見る。
その目は、もはや遭難者が救助船を見つけた時のそれだった。
「レオノーラ様……」
「……はい」
「わたくし、初めて理解者に会えました……」
重い。
感情が。
レオノーラは少しだけ目を瞬かせた。
前世でも、こんな顔を見たことがある。
無茶な企画に振り回され続けた経理担当者の顔だ。
親近感がすごい。
やがて彼女は静かに頷いた。
「ご苦労なさっておりますのね」
その瞬間。
クラリスが崩れ落ちた。
「優しい……!!」
限界だったらしい。
こうして。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
はこの学園で初めて、“同志”を見つけた。
ただし出会いのきっかけは。
財政崩壊だった。




