シーン6 「価値観衝突」
沈黙が、生徒会室を支配していた。
誰も口を開かない。
開けない。
机の上には、積み上げられた損害報告書。
そこに記された数字は、あまりにも現実的だった。
夢も希望もない。
いや、夢と希望の請求書である。
そんな重苦しい空気を破ったのは、
アルベルト・ルクレール
だった。
彼はゆっくり立ち上がる。
マントが翻る。
なぜ室内で風が吹くのか。
誰にもわからない。
王子は真っ直ぐレオノーラを見据え、力強く言い放った。
「だが人々は感動した!」
名台詞だった。
色々な意味で。
あまりにも堂々としているせいで、一瞬「なるほど?」と思いかけるのが厄介である。
しかも周囲が結構頷いていた。
「た、確かに……」
「感動は大事だよな……」
「青春だった……」
終わっていた。
価値観が。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
はしばらく黙っていた。
怒鳴らない。
机を叩かない。
感情も乱さない。
ただ静かに、アルベルトを見る。
その金色の瞳だけが冷えていた。
やがて彼女は口を開く。
「感動で壁は修復されませんわ」
完全沈黙。
空気が凍った。
あまりにも正論だった。
比喩ではなく、本当に壁が壊れているので反論できない。
アルベルトが言葉に詰まる。
「そ、それは……」
レオノーラは止まらない。
「感動で負傷者は治りません」
ミレイユがびくっと肩を震わせた。
「感動で予算は増えません」
机の端で、
クラリス・エヴァレット
が「そうですとも……」みたいな顔で頷いている。
「感動で用務員の睡眠時間は戻りません」
そこで初めて。
攻略対象たちが黙った。
ガイウス・ベルンハルト
は気まずそうに視線を落とし、
ミレイユ・フェルナン
は唇をきゅっと結び、
アルベルト・ルクレール
でさえ反論を失っていた。
ただ一人。
セシル・アークライト
だけが、妙に面白そうな顔をしていた。
彼は肘をつきながら、レオノーラを観察する。
まるで珍しい生き物でも見るように。
「なるほど」
小さく呟く。
「お前だけなんだな」
「何がですの?」
「イベントの裏側を見てるの」
その言葉に、室内が静まる。
誰も今まで考えたことがなかった。
恋愛イベントの後ろで、誰が片付けているのかを。
誰が徹夜して。
誰が修理して。
誰が赤字を埋めているのかを。
レオノーラは静かに書類を閉じた。
そして淡々と言う。
「わたくしは当然の話をしているだけですわ」
しかし。
この世界では、その“当然”が誰にも見えていなかった。




