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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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シーン5 「予算演説」

生徒会室には、奇妙な静けさが満ちていた。


 さっきまで漂っていた「断罪イベントが始まるぞ」という期待感は、すでに跡形もない。


 代わりに存在するのは。


 監査前の空気だった。


 レオノーラ・ヴァレンシュタイン

 は長机の前へ立つと、ゆっくり書類を開いた。


 紙の擦れる音だけが響く。


 やけに重々しい。


 彼女は一枚目を確認し、静かに読み上げた。


「まず、薔薇輸送費」


 一拍。


「金貨四千二百枚」


 沈黙。


 空気が止まる。


 窓の外の小鳥まで静かになった気がした。


 金貨四千二百枚。


 庶民なら人生が数回終わる金額である。


 アルベルトが微妙に眉を動かした。


 レオノーラは続ける。


「空中魔法維持費」


 ぺらり、と書類をめくる。


「金貨二千八百枚」


 そこで初めて、

 アルベルト・ルクレール

 の笑顔が曇った。


「……そんなにか?」


「そんなにですわ」


 即答だった。


「高高度浮遊魔法を三重展開した上、花弁演出用風術式まで併用しておりますので」


「演出は必要だろう」


「不要ですわ」


 切り捨てられた。


 アルベルトが少し傷ついた顔をする。


 しかしレオノーラは止まらない。


「温室修繕費」


 次の書類。


「現在査定中」


 その瞬間、

 ガイウス・ベルンハルト

 が露骨に視線を逸らした。


「……すまん」


「まだ貴方が壊したと決まったわけではありませんわ」


「違うのか?」


「九割くらい貴方ですわね」


「ほぼ俺じゃないか」


 ガイウスが頭を抱える。


 一方、

 ミレイユ・フェルナン

 はどんどん青ざめていた。


 レオノーラの読み上げは続く。


「負傷者医療補償費」


「ひっ」


 ミレイユの肩が跳ねる。


「現在確認されている軽傷者十二名。追加報告の可能性あり」


「じゅ、十二……!?」


「はい」


 レオノーラは淡々としていた。


 だがその淡々さが逆に怖い。


「なお花弁吸引による呼吸障害が複数件発生しております」


「花びらって吸うんだ……」


 ガイウスが呟いた。


「竜巻になっておりましたので」


 正論だった。


 そして。


 レオノーラは次の項目を読み上げる。


「花弁除去作業に伴う超過人件費」


 その瞬間。


 くつ、と小さな笑い声。


 見ると、

 セシル・アークライト

 が肩を震わせていた。


「……超過人件費」


 面白がっている。


「お前、本当にそこを数えたのか」


「当然ですわ」


「恋愛イベントに人件費という概念を持ち込む女、初めて見た」


「むしろなぜ今まで存在しなかったのです?」


 セシルはとうとう吹き出した。


「ははっ……! なるほど、面白い」


 この男、完全に楽しんでいる。


 しかしレオノーラは構わず続行する。


 数字。


 数字。


 数字。


 薔薇。


 修繕。


 補償。


 資材。


 輸送。


 徹夜手当。


 ロマンスを、徹底的に現実へ引きずり下ろしていく。


 やがて室内の空気は完全に変わった。


 誰も「感動的」などと言わない。


 皆、自分たちがどれだけ盛大に金を吹き飛ばしたかを理解し始めていた。


 そして。


 レオノーラは最後の紙を机へ置いた。


 静かに。


「結論として」


 一同が息を呑む。


 彼女は金色の瞳で、生徒会全員を見渡した。


「この学園の年間園芸予算」


 一拍。


「昨日一日で消滅しておりますわ」


 沈黙。


 完全な沈黙。


 遠くで鐘が鳴った。


 誰も何も言えない。


 ただ一人、

 クラリス・エヴァレット

 だけが、机の端で小さく震えていた。


 感動で。

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