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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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シーン4 「断罪イベント開始……と思われた」

 重厚な生徒会室の扉が、勢いよく開いた。

 ――バァン!!

 室内の空気が震える。

 窓際にいた

 アルベルト・ルクレール

 が振り向き、

 セシル・アークライト

 が書類から目を上げ、

 ガイウス・ベルンハルト

 が反射的に姿勢を正す。

 そして

 ミレイユ・フェルナン

 は小さく肩を震わせた。

 沈黙。

 その場にいた全員が思った。

(来た……悪役令嬢……!)

 空気が完全に乙女ゲームだった。

 しかも最悪の方向へ盛り上がっている。

 扉の外では、いつの間にか集まっていた野次馬たちが、息を潜めて中を覗いていた。

「始まるぞ……」

「断罪イベントだ……!」

「ミレイユ様が危ない!」

「止めなくていいのか?」

「いやでも気になるし……」

 最低である。

 しかも女子生徒の一人など、興奮気味に予想まで始めていた。

「まず水をぶっかけますわね」

「いえ、平手打ちですわ」

「私は階段落下説を推します」

 どうしてそんなに展開予想に慣れているのか。

 もはや娯楽作品の観客である。

 一方、

 レオノーラ・ヴァレンシュタイン

 は静かに室内を見渡した。

 王子。

 攻略対象。

 ヒロイン。

 豪華な生徒会室。

 誰がどう見ても、悪役令嬢による嫉妬爆発イベントの舞台である。

 だが彼女の視線は、机の上のティーカップでもヒロインでもなく――空いている机のスペースへ向いていた。

 次の瞬間。

 ドサッ!!

 鈍い音。

 レオノーラが机へ叩きつけたのは、剣ではなかった。

 書類である。

 しかも大量。

 分厚い。

 紐で束ねられている。

 異様に重そう。

 机が少し沈んだ。

 全員が固まる。

 アルベルトが瞬きをした。

「……なんだそれは」

 レオノーラは静かに、一番上の表紙をめくった。

 そして読み上げる。


『昨日の恋愛イベントに伴う損害報告書』


 沈黙。

 完全なる沈黙。

 さっきまで漂っていた断罪イベント空気が、一瞬で死んだ。

 野次馬たちも「え?」という顔をしている。

 ミレイユが困惑する。

「そ、損害……?」

「はい」

 レオノーラは真顔だった。

「昨日の空飛ぶ薔薇庭園イベントにおける被害総額を算出いたしました」

 ガイウスがじわじわ嫌な顔になる。

 セシルだけが、面白そうに口元を歪めた。

 アルベルトはまだ理解していない。

「待て。お前は怒鳴り込みに来たのではないのか?」

「来ましたわよ」

「ではなぜ書類を持っている」

「怒るためですわ」

 論理的すぎた。

 レオノーラはさらに追加の書類束を机へ積み上げる。

 ドサッ。

 ドサッ。

 ドサッ。

 量が多い。

 異様に多い。

 もはや会議資料ではなく監査である。

 そして彼女は、ゆっくりと告げた。

「ではまず、温室崩壊に伴う修繕費からご説明いたしますわね」

 その瞬間。

 生徒会室の空気は、

 恋愛イベントから財政会議へ変わった。

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