第八話 『史上最大の恋愛イベント』 シーン1 「空間歪曲」
最初に異変へ気づいたのは、
王都東区のパン屋だった。
「……あれ?」
買い出し帰りの老婆が、
首を傾げる。
「さっきも、
ここ通らなかったかい?」
一本道だった。
真っ直ぐ進めば、
三分で中央通りへ出る。
そのはずなのに。
気づけばまた、
同じ噴水前へ戻っている。
周囲の人々も混乱していた。
「え?」
「道が違う……?」
「階段、
こんな場所にあったか?」
王都が、
少しずつ狂い始めていた。
階段位置が変わる。
路地が増える。
建物同士の距離感が歪む。
さらに。
扉がおかしい。
喫茶店へ入ったはずなのに、
出ると中央広場。
図書館の廊下が、
なぜか花園へ繋がる。
しかも。
その先には、
必ず“都合のいい相手”がいる。
「えっ、
アルベルト様!?」
「きゃっ、
偶然ですね!」
「運命かも〜!」
違う。
偶然ではない。
空間そのものが、
遭遇を成立させていた。
さらに最悪なのは。
人流。
王都の群衆が、
異常な動きを始めていた。
自然に。
無意識に。
恋愛イベントが発生しやすい場所へ、
人が流れていく。
中央広場。
時計塔。
噴水前。
夕焼けの橋。
完全に、
“恋愛導線”が形成されている。
しかも誰も、
それを不自然と思わない。
「今日、
なんか人多いね〜」
軽い。
認識が軽すぎる。
一方。
財政再建委員会、
臨時観測室。
大量の地図が、
机へ広げられていた。
だが。
その地図が、
役に立たない。
「三番通路、
また位置が変わりました!」
「西区階段、
接続先不明!」
「中央回廊、
さっきまで存在してません!」
職員たちが悲鳴を上げる。
完全に災害対策本部。
その中央で。
セシル・アークライト
は、
妙に冷静だった。
いや。
少しだけ、
楽しそうですらある。
最低だった。
彼は、
観測盤へ浮かぶ歪んだ魔力波形を見ながら言う。
「空間そのものが、
恋愛イベント用に再配置されてる」
室内沈黙。
説明が、
最低すぎる。
だが。
恐ろしいほど正確だった。
王都全体が。
巨大な乙女ゲームステージへ、
変質し始めている。
偶然。
演出。
運命的遭遇。
そのためだけに、
現実法則が捻じ曲がっていた。
机を挟んで。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
は、
静かに測定器を見る。
数値。
異常。
異常。
異常。
全部異常。
そして。
彼女は理解する。
運命律は、
もう単なる“演出補正”ではない。
ついに。
現実改変を始めた。
しかも。
個人単位ではない。
都市単位。
王都そのものが、
“恋愛イベントの舞台装置”へ変えられ始めている。
レオノーラは、
ゆっくり額を押さえた。
「……国家運営の敵が、
空間法則になるとは思いませんでしたわね」




