第61話 煩悩を祓いたい
「みてないです、みてないです、みてないです。ごめんなさい。ごめんなさい。なにもみてません。イダーテは何もみてないですーぅー!!記憶から抹消ー!!」
そう言ってイダーテはずるずると壁に寄りかかる。
「これはだめだ。本当だめだ、今度こそ処刑される」
耳まで赤くなった顔を手で押さえる。
脳内にサリュさんの声とラピスの姿がリピートされる。
『ご主人様のスリーサイズはお教えできませんよ』
あんなに細くて軽くてちゃんと食べてるのだろうか。
『つまり、自分でお確かめになると』
めちゃくちゃ白くてお肌が綺麗だった。
『でも、ラピス様のお体を隅々までお触りになったのでしょう?』
お猫様姿だけどね、たしかめてしまっているね。
セクハラだね。
「あああああああああ」
今すぐにでも王都とサイハテ一周して煩悩を祓いたい気分だ。
今まで学院だったり街中だったり、美人美女だの可愛いだの評判の人を見てもなんとも思わなかったのに。
最初はお猫様姿が可愛いと思っているつもりだったけど、猫好きだし。
でもそうじゃなかった。
最初から、もっと前から、寧ろヴィラたちより幼い頃、王族の肖像画を見た時から、その前から小さくて可愛いラピスに目を奪われていて。
何度も村を抜け出してはひと目見たいと、行方をくらましてはめちゃくちゃ怒られた。
頑張って身体も鍛えて王都まで走る体力をつけたら魔物を弾き飛ばして、所長(親父)にお前は相手が死ぬから闘うなと言われた。
会ったら会ったで等身大のラピスに緊張していただけだったんだ。
もふらせてくださいって言ったけど、本当は握手だけでよかったんだ。
仕事だって、王城に行く時が一番はやく走れた。
王城に行くために早く配達していたようなものだ。
手紙を頼まれて、王城に行っていないのかなって。
病気なのかなって心配でたまらなくて。
実は見られてたのは心臓が飛び出た。
エリーたちが同学年なのも羨ましい。
友達だったのも羨ましい。
通信機でやり取りできるのも嬉しかった。
いつもよりはしゃいでしまった。
ラピスが大怪我してシータに渡したのは仕方ないけどちょっとだけショックだった。
だからシータがエリーに渡したから僕のも渡した。
お泊まりだって必死に泊めさせてもらう理由を探した。
だって一つ屋根の下だよ?
ずるいじゃんシータもヴィラも。
歯軋りはなかった事にしたい。
エミアさんにお嫁さん?ってからかわれた時どきっとしたけどラピスは首を振ってたのは、ショックで、でもそうだろうなって思って。
殴っていいよなんて言われて、そんな事できるわけない。
ラピスの顔に触れる事すら指が限界だ。
殴るなんてもっての外。
最初手で口を塞がれた時は気絶するかと思った。
飴をもらって苦くて、冷静になって、夢じゃないってわかって。
敬語を使うなって言われてあまりにも無理がある、無理だよ頑張ったよ。
叩かれるようなことを言ったのだって、僕が罰されないなんて余りにも申し訳なさすぎて。
もう神様、ラッキースケベは勇者に発生するものじゃないんですか?
こんなちっぽけな村人になんという試練を与えているんですか?
「絶対嫌われた」
イダーテはうずくまる。
どうしようこれ。
持っているのは護衛契約の書類。
サリュさんはそのまま何も言わずにくれた。
あとはラピスのサインが必要だ。
ここ数日、自分の力を活かせるのが嬉しくて。
不謹慎かもしれないけど楽しかった。
情報配達も楽しいけど、あんな話を聞いたらもう気になって仕事にならないじゃないか。
早急にディナとヴィラを運んで
傭兵どもを牢屋にぶち込んで
謝ろう、本当に謝ろう。
土下座していくらでも叩かれよう。
______
「イダーテお兄さん、その顔は一体何をしたの」
エリーは呆れた表情で聞いた。
イダーテの顔が行きは片方だけだったのに、両方赤くなっている。
シルビアさん情報だとモテモテの顔が赤いフグみたいになっている。
「理由は聞かないで、自分でやった戒めだから」
イダーテお兄さんは半笑いで言った。
「二人とも寝ちゃったんだけど、二人いっぺんに運ぶの?」
「大丈夫大丈夫」
起こさないようにそっと両腕にそれぞれ抱える。
「顔、治した方がいいんじゃない?」
「戒めだから、」
「二人、起きたら理由聞かれるよ?」
それはちょっと困る。
「お願いします」
イダーテは二人を抱えたままかがむ。
「じゃあ片方だけにしておくね。ラピスと仲直りして治してもらいなよ」
「はい」
まさか村の妹分に諭される日が来るとは。
______
二人を王城に運んで、サリュさんにあとはお願いする。
「ご主人様には渡しましたか?」
「まだです、終わったら行きます。ラピスに伝えてください」
返事を待たずに逃げるように走って、今度は傭兵を運ぶ。
6人同時に引きずって、順番に牢屋に投げ込む。
どうしよう。
行きますって言ったけど会ってくれなかったら。
目の前の傭兵が僕を見てひいいいと壁際まで逃げ出した。
シータならともかく、僕まで見て逃げるなんてなぁ。
サイハテだから怖がっているのかな。
そう思いながら牢を閉め、イダーテは残りの傭兵運びへと向かった。
______
「死ぬかと思った、死んだほうがマシなような気がする」
「おれ、まだ心臓がヒュンヒュンしてるよ、息できない」
捕まった傭兵たちは牢屋の隅で抱き合っていた。
いつ落とされてもおかしくない状況で、空中で振り回されて気絶さえも許されなかった。
「それになんなんだ、あの眼は、怖い、怖すぎる」
イダーテとかいう男。
一見爽やか好青年だが自分たちを見る眼はまるで獲物を狙う鷹のよう。
小さなねずみにでもなったかのようだった。
「俺、寝てるふりしてる時、殴らせてって言ってるのを聞いた……。あの男、また来るのか?」
今度こそ死ぬ。
イダーテは十分怖がられていた。




