第53話 契り
教会に辿りつくと、イダーテは常人並みの早歩きで進んで行く。
一応第七王女だけど妾の子だから城の外に出る事も、歩けるようになってからは人間の姿で誰かに抱っこされた事もない。
人生初のお姫様抱っこ。
注目されて恥ずかしいラピスは顔を覆いながら聞いた。
「なんで歩いてるのよう」
「人にぶつかったら危ないからね、ここは避けられない人が多いし。我慢して」
真っ当な答えにラピスはうう、とうめく。
「エミアさんはいらっしゃいますか」
「エミア様!?イダーテ、そんな、私なんかに、エリーが治癒してくれたし」
平然と教会の人に聞くイダーテ。
エミア様は王都一の治癒魔法の使い手。
王族とはいえ友人エリーの母親とはいえ、そんな方に見てもらうのは気が引けた。
「ラピスに傷が残ったらサイハテ総出で傭兵団と騎士団と冒険者ギルドとその他諸々を攻めることになる。大人しく治癒されなさい」
明らかに怒気のこもった声で、それでいて真剣な表情で前を見ていた。
初めて見る表情だった。
「あらあら、さっきぶりね〜イダーテくん。あら、お嫁さん?」
出口からエミア様が来ていた。
お嫁さん?と言う言葉にぶんぶんと首を振るラピス。
「エミアさん、冗談はやめてください。お腹にざっくり怪我をしてるんです。エリーが治してくれたんですが不十分なので見てもらった方がいいって。顔色も悪いし、早く治療をお願いします」
そうか冗談か。
イダーテの言葉になんとなくほんの少し地味に傷ついてラピスの耳が少し耳が折れる。
「ええ、もちろんすぐに治療するわ。一旦こっちの奥の部屋で寝かせてあげてくれる?」
案内された部屋に入り、イダーテはラピスをそっとベッドに降ろすと後ろに下がって腕を組んで目を背ける。
ありがとうと言いたかったのに、何故か目を合わせてくれない。
「ところで今は何が起きているのかしら」
エミア様が治癒魔法を使いながら、真っ黒になった瞳を見開いた。
少し心臓に悪い。
「一般人の子供がゼーダ傭兵団に誘拐されそうになっていたところ、ラピスが助けに入りその際に負傷を。代わりにディナとヴィラが連れ去られました」
「そう、」
何故だろう。
手からはあたたかいキレイな光が出ているのに、エミア様の背後からとてつもなく黒いオーラが見える。
まるで魔素を溜め込んだ魔物のようだ。
「対サイハテの拘束具で抜け出せない可能性もあるので、今はエリーとシータが向かっています」
エミアはゆっくり瞬きをしてラピスの腹部から手を離す。
「治療は終わったわよ」
「ありがとうございます」
ゆっくり起きあがってベッドから降りようとすると、エミア様に止められブランケットをかけられた。
「少しだけここで休憩しなさい。イダーテくんがいるからいつでもすぐに向かえるわ。いつも娘と仲良くしてくれてありがとうね、ラピスちゃん」
ラピスは目を丸くした。
「ご存知だったのですか」
「もちろん、あの子よく話してたもの。あなたも今度一緒にお茶しましょう。娘の話が聞きたいわ」
エミア様はにこりと穏やかに笑うと、今度はイダーテをみた。
「あのやんちゃ坊主が、ここまで真面目にしているの見ると本当にびっくりしちゃうわね」
エミア様はあははとイダーテの肩をぽんぽん叩くと帽子を目深にずらした。
「ちょっエミアさん!?」
「そんな顔してるとラピスちゃん不安になっちゃうでしょ。ちゃんと話し合いなさい」
エミア様ははい、と何かをイダーテに小さなメモを渡すとひらっと手を振って部屋の外へ出ていった。
二人だけになってしん、となった部屋。
「もう痛くない?」
「ええ、全然」
「ならいいけど」
あんなにうるさかった人が静かすぎて落ち着かない。
「……運んでくれてありがとう。そしてごめんなさい。私、足手纏いになってしまったわね」
「それはない。占いの事教えてくれなかったら色々困ってたことになっていただろうし、僕もここまで動けなかった。ラピスがいなかったら、あの時子供は誘拐されたままトラウマになっていたと思うよ」
「でも二人が連れ去られちゃった」
「二人なら大丈夫だよ。能力もあるし、エリーたちが向かって行ったし」
「そっか」
ここまで話してもイダーテはこっちを見ない。
「……怒ってるの?」
「すごく怒ってる」
「不敬罪とかないから、怒っていいし。一発くらいならいいよ」
「じゃあ遠慮なく」
イダーテはぺち、とラピスのおでこを指で弾いた。
全然痛くない。
「遠慮しすぎでは」
「怪我人にできるわけないじゃん」
そう言って椅子に座る。
「なんで怒ってるかわかりますか、ラピス様」
イダーテが敬語になってしまった。
「えっと、私が弱いのに出しゃばったから?弱すぎて?」
今度は少し、強めに指でべちっとされた。
全然痛くないけど。
「僕が怒ってるのは、ラピスが。ただでさえ自分が死にそうなのに、前に出て自分を犠牲にしようとしたことだよ」
そう言って両手で私の手を握った。
震えている。
「僕が到着した時、ラピスは傭兵に切られた後で。一般人の子供は逃げたし、もう逃げればよかったのに。血だらけなのに、それなのに立ってラピスは二人の前に出た」
結局、ヴィラとディナがラピスを制止して代わりに行くと言って連れ去られて行ったけど。
「わかってるよ、ラピスが、二人を守ろうとしてくれたって。普通に、能力を持っていない普通の子たちみたいに、同じような扱いで接してくれてるんだって」
「でも、エリーもエミアさんもつかまらなくて、あのまま死んでたらどうするのさ、」
イダーテは泣きそうな顔をして目を伏せた。
「ごめん、怒ってばかりで。そもそも僕がもっと早く来れてたら、怪我をせずに済んだのに」
「いや、十分はやかったわよ」
それだけはちょっとツッコミを入れさせてほしい。
「もうあんなこと二度として欲しくない。他のみんなもそう思ってると思うよ」
「ごめんなさい、ちゃんと他のみんなにも謝るわ」
手を握り返すとびくりと動いたけれど震えは止まった。
「でもありがとう。正直嬉しかった、泣かれる程心配された事なんてなかったから」
イダーテの顔からぽたぽたと、涙が落ちていた。
思わず笑いながら言ってしまうとイダーテは顔を背けて袖で顔を拭う。
「やっぱり何も反省してない」
「とても反省してるわよ?サイハテの村人を泣かせてしまったなんて、国家に関わる大問題じゃない」
じろ、とこっちを睨んでくる。耳が真っ赤だ。
はぁ、とため息をつくとイダーテは小指を出した。
「じゃあ、解決の為条約を締結しよう」
ラピスも小指を出して絡める。
二度と、自分を犠牲にしようとしないこと。
不機嫌になってもちゃんと話し合うこと。
契約魔法とか書類もないけれど、この日確かに固い契りを結んだ。




