32 帰省休暇
「ルルリエ、あなた、帰省休暇はいつにする?」
ある日の休憩中、マリアさんにそんなことを言われた。
帰省休暇?と首を傾げると、「地方出身の使用人は、年に一度まとまったお休みがもらえるのよ」と教えてくれる。
「……それって必ず取らないと…」
「いつにする?」
ふんわりニッコリなその笑顔は「取らなければならない」と言外に語っていた。
「えーっと…じゃあ、建国祭の前には戻れるようにしたいです」
「ふむ……なら、来週明けから5日間ってところかしら」
「来週!?」
そんなこんなで、急遽、休暇。
***
帰省用の荷物をまとめ、トランクに詰め込む。
王城前から出るという馬車に乗り込む為に外に出ると、後ろから皇女殿下とマリアさんが見送りにきてくれた。
どことなく元気のない皇女殿下に苦笑する。
「すぐに戻りますから」
「……ごめんね、こんな気持ちで見送りに来たかったわけじゃないんだけど…」
歩み寄ってきた殿下の額が、トン、と私の肩口に当たる。
「……やっぱりちょっと、寂しくて…」
「っ…」
やっぱり休暇やめます!と言いたくなるのを、喉元でなんとか飲み込んだ。笑顔が怖いですマリアさん。
皇太子殿下と手紙のやりとりをするようになってから、皇女殿下の感情が今まで以上に表に出るようになった。
とても喜ばしいのだけれど、なんというか、どうしようもなく可愛いのだ。
可憐な気品高い見た目の印象と、少し子供っぽい言動のギャップが……。
きっと、これが本来の彼女の姿なのだと思う。
私が真理恵として、セティと呼んで接してきた女の子。
「帰ってきたら、また殿下の好きなクッキー焼きますね」
そっと彼女の背中を撫でる。
きゅ…っと私のワンピースを掴む手に力が入って、それからゆっくりと離れていった。
「待ってる。…いってらっしゃい」
ニコリと微笑んだ彼女は、しっかりと「皇女」の顔をしていて。
「いって参ります」
深く深く頭を下げてから、私は馬車に乗り込んだ。
***
半日ほど馬車に揺られ、久しぶりに実家に帰る。
いろいろな薬草の匂い、煮立つ鍋、色とりどりの薬瓶…。
薬師の父と、それを手伝う母の待つ家。
よく知った、しかし随分と離れていた気がする私の最初の居場所だ。
「ただいま!」と玄関を開けると、2人とも快く迎え入れてくれた。
おかえり!とハグしてくれる明るい母アリス。
その後ろで穏やかに笑う父グレン。
この世界の、私の大好きな両親だ。
久しぶりの母の手作りシチューを食べながら、3人で食卓につく。
大好物が出てくるの、実家に帰ってきたって感じ。
「仕事はどう?楽しい?」
「うん、皆さん良くしてくれるし。皇女殿下も、最近はよく笑ってるよ」
「そう」
安堵したように、母は微笑む。
……寄り添うどころか、気がつけば思いっきり関わってしまっているけれど。
私がそばにいることを彼女が望んでくれるなら、どんな形でも嬉しいと思えるほどには、ルルリエとしての私もセレスティアが好きなのだ。
「ルルリエ。……お前、セリムの花を触ったか?」
隣に座った父が、不意にそんなことを言った。
ほんのりと漂う甘い花の香り。もうすっかり生活の中に馴染んでしまって、気を留めることもなくなっていた。
「え?ううん……皇女殿下が香水は使ってるから、その香りが移ったかな」
「皇女殿下が?」
言ったきり、父はスプーンを運ぶ手を止めてうーんと唸ってしまった。
こういうときは大抵、「仕事」のことを考えているときだ。
「セリムがどうかした?」
「うん。……食事が終わったらちょっとおいで」
「……はーい」
ざわ、と胸の奥が嫌な感覚で揺れる。
気が付かないふりをして、好物のシチューを食べきった。




