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30/33

30 誕生日プレゼント

皇太子の生誕祭当夜。

外からは華やかな喧騒が聞こえてくる。

人気のない厨房でひとり、オーブンの扉を開けると、チョコレートの甘い香りが部屋中に広がった。



「よし、美味しそうに焼けた」



綺麗な仕上がりに、思わず口角が上がる。

皇女殿下に頼まれて作った、皇太子殿下宛のオレンジピール入りのチョコレートのケーキだ。

さすがにケーキを一緒に作るタイミングはなかったけれど、皇太子殿下への手紙は悩みながらも懸命に書いたようで。

丁寧に封蝋と印の施された手紙も一緒に預かった。



まだ忙しいのであろう皇女殿下を待ちながら。

あの日もそうだったなと思い返すのは、15年前のことだった。

厨房でクッキーを焼きながらセティを待って、アレシオ殿下に渡しに行って…。

あの日と同じお祭り、同じ場所、同じ人たち…。

もし、真理恵のままこの場所にいたらどうだっただろうと、そんなことを考える。



あの日、どうして私は、死んだのか。

どうして私は今、ルルリエ・ベルフォートとしてここにいるのか。



「…セティが女神の生まれ変わりだっていうなら、私は一体なんなのよ…」



誰も、答えてはくれないのだけれど。



***


しばらくして、厨房へと皇女殿下が駆けてくる。

彼女が身にまとっていたのは、月光を纏ったような白いドレスだった。

柔らかな布地は歩みとともに静かに揺れ、裾に施された金糸の刺繍が、まるで夜空に瞬く星々のように光を返す。

式典の後、着替えもせずにきたようだった。

変わらないなぁと内心で笑ってしまう。



「ごめんなさい…!遅くなって…」

「いいえ。ちょうど、ラッピングも終わったところですし」



事情を話してアレシオ殿下の側近に確認したところ、この時間には一度皇子宮に戻る予定らしい。

彼女の手が、そっとペンダントを握るのがわかった。



「緊張されてますか?」

「え?……そうね……さっきまで、式典ですぐ隣にいたのにね」



近くて遠い人だから、と皇女殿下は独り言のように言った。



「……でも、こうして直接贈り物を渡したいなんて思えるようになったのは、ルルリエのおかげよ」

「私は何もしていません。お手紙、きっと喜んでくださいますよ」



私の言葉に、彼女は儚げに笑う。



「そうだといいのだけれど」



***



「……やっぱり、避けられているのかしら」



落ち込んだように小さく呟く皇女殿下の背中を「そんなことありませんよ」と軽く支える。

側近に確認した時間からだいぶ経ったのだけれど、未だに皇太子殿下は皇子宮に戻ってこない。

一度皇女宮に戻りますか…?と言おうとしたところで



「セレスティア!」



よく通る、低く耳心地の良い声だった。

びくっと皇女殿下の肩が跳ねる。

振り返ると、アレシオ殿下が肩で息をしながら走ってきたところだった。



「すまない……使節団との話が…長引いて……」

「いえ……あの…私…」



白い指先が小さく震えていた。

こうして向き合うのも、視線が合うのも久々なのだろう。

緊張か、萎縮か、皇女殿下は声すら上手く出ないようだった。

「大丈夫です」と、思わず彼女の震える指先を握る。きゅ…と僅かに握り返された。



「お誕生日、おめでとうございます。……ペンダントも、ありがとう」

「ああ…。わざわざ、その為に?」

「はい……えっと、お祝いを…お渡ししたくて……」



言いながら、声がだんだん小さくなり、比例するように顔に赤みが指していく。驚いたように皇太子殿下の目が見開かれ、そして柔らかく微笑んだ。



「ありがとう、セレスティア」

「っ…」



びくっ、と身体を震わせた後、私の背中に隠れてしまう皇女殿下。

ぎゅっ、と私の服を握りしめていた。

「お手紙と、チョコレートのケーキです」と私がケーキの入った籠と手紙を差し出すと、彼はとても嬉しそうにそれを受け取った。



「ありがとう、あとで必ず目を通すよ」



再び式典の会場に戻らなければならない、と皇太子殿下は申し訳なさそうに言う。

こくりと頷いた皇女殿下に何かを言いかけて、彼はそのまま踵を返して会場へと戻っていった。



***



部屋に戻り、ひとり。

夜着への着替えも済ませ、セレスティアは寝台の中に潜り込む。

先ほどまでの兄とのやりとりを思い出すと、未だに指先が震える気がする。

あんなふうに最後にしっかり視線を合わせて言葉を交わしたのは、名前を呼ばれたのは、15年も昔のことだ。

どうして兄があんな態度になったのかは分からない。

これから先だって、一気に改善できるとも思えない。

それでも、受け取ってくれた。

名前を呼んで、笑ってくれた。

それだけで、今は十分だ。



「……ありがとう、ルルリエ」



震える指先をそっと握ってくれたルルリエが、

真理恵と重なる気がした。


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