好きな人を忘れること
それから美結は腫れぼったい目のままゆっくりと歩いて登校すると、高校の門の近くで後ろから声をかけられた。
「お前、一体何したんだよ。」
それは珍しく早く登校していた工だった。
まだ朝のチャイムが鳴るまでには30分ほど時間があり、美結は工と近くのファーストフード店に入った。
「はい。ごく甘ミルクティー。」
「ありがとう。工。」
美結は暖かいミルクティーを工から受け取り、そのまま胸の前で抱きしめた。
元気がなく顔が上げられず、そんな美結の様子に工はなかなか話をかけられなかった。
そのまま呆然と十分が経ったとき、工は突拍子もなく口を開いて言った。
「今日はもう家に帰れ。何があったら分かんないけど、そんな顔で学校に行けないだろ。家に帰れないなら、俺もズル休みするからどこか遠くに遊びに行こうぜ。」
「工…。」
工のぶっきら棒で優しい言葉に、美結は枯れた涙がまた瞼の中に溢れ出した。
「陸と別れたの。」
「えっ…。」
工は動揺を隠さず、声を漏らしてしまった。
美結は両手で涙を拭うと、頭を横に振り突然席を立った。
「でも逃げたくない。私学校に行くよ。」
「いやいや無理すんなよ。」
工は慌てて、美結を宥めて席に座らせた。
美結は深呼吸して一息つくと甘いミルクティーを啜り、工に微笑んで言った。
「工、いつも本当にありがとう。でももう私のことなんて忘れて、他の可愛い女の子と付き合って幸せになってね。」
「はー。おい、美結。」
そんな美結の辛気臭い態度に工は一気に不機嫌になり、低い声で言った。
「自惚れんな。自分のことを好きな人がいつまでも自分を好きでいてくれると思うな。陸となにがあったか知らねえけど、それなら早く好きな人に告白してこいよ。それが俺や陸の幸せだよ!」
美結は工の言葉にハッとして、目を見開いた。
雷に打たれたような気持ちだった。
自分の自惚れた優柔不断な心に突き刺さったのである。
そしてなんだか自然と笑みが溢れてしまっていた。
「さっきは無理すんなって言っといて、今度は告白しろって。工もぶれすぎ。」
「確かに。でもやっぱりお前は今日は告白はしなくてもいいから、ちゃんと学校に行ったほうがいい。」
工は美結から目を逸らして顔を赤らめ、照れ臭そうにしながら言った。
「あと、誰かが誰かを好きになるのは自由だから。俺にも陸にも、自分を忘れてほしいなんて二度と言うなよ。それが一番辛いんだよ。美結だって分かるだろ?」
「うん。ごめんなさい。私も明人を忘れよう忘れようって、自分をずっと追い込んでそして周りを不幸にさせてたんだね。」
「分かったならいいよ。泣くな。それにこんな俺ならずっと美結の味方でそばにいるからさ。」
工の不器用で優しい言葉に、美結はやはり涙が出そうになった。
そのままその胸に飛び込みたくなったのを懸命に抑えた。
こんな自分を助けてくれる存在がいることを感謝し、胸がいっぱいになった。
「本当にありがとう。工。学校、一緒に行こう。」
「おう。その腫れぼったい目は、昨日感動する映画でも見たことにしとくのは?」
「うーん、それもいいけど。もう少し周りが納得いくような理由にしようかな?」
二人はファストフード店を出て、軽快な足取りで学校に向かった。
遅刻ギリギリで二人が登校し美結が泣いた後だった事実は、結局工が犯人だと周りから問い詰められてしまったのであった。




