第5話
通りにて
酒場や食事処の並ぶ大通りは、夜だというのに活気にあふれていた。俺たちと同様、どこかで狩りを終えて帰ってきた冒険者なのか、剣や杖を背負った人間も沢山すれ違う。
「どの宿が良いのかしら」
「さあな。外装の整っているものを選ぶしかない」
順繰りに中を覗きながら、通りを俺たちは歩いていた。表看板がきれいな宿、中から旨そうな匂いが漂う宿など、千差万別で難しい。
決めあぐねたまま進んでいたら、通りの端まで来てしまったのか、ひと気のない袋小路に突き当たる。街頭など当然無いから、月夜の薄明かりしか足元を照らさない。
「おっと、こっちは行き止まりか。戻ろう」
「ええ」
と、その時、見知らぬ三人組の男たちが俺たちの行く手を塞いだ。三人とも小汚い恰好をしており、目は獣のように獰猛な光を帯びている。
「ヘヘヘ、お二人さん、ちょいと待ってもらおうかねえ」
一番デカい男が、俺たちを呼び止める。薄笑いを浮かべて、舌なめずりをする男の姿は、あまり友好的な態度には見えない。
それどころか、横の二人は武器もちらつかせている。まさか、この世界の追い剥ぎだろうか。
「あ、あなた」
俺の袖をつかむ彼女を、背中に隠す。
「何か御用か」
「へへ。ああ、用だよ。用があるんだ。俺たち金に困っててな、あんたらが稼いだ金をちょいと分けてもらえねえかってな。へへへ」
「金……か。残念ながらこちらも一文無しでね。君たちに恵んであげたいのは、やまやまだが、無い袖は振れないというわけだ」
俺はとぼけ顔で肩をすくめた。事実、俺たちはついさっきまで一文無しだったのだ。あながち嘘というわけでもあるまい。
しかし、そんな俺の言葉を聞いて、なぜか男たちは大声で下品な笑い声をあげた。
「一文無し? ヒャハハハ。 おめえ、それ本気で言ってんのかよ」
「イヒヒヒ。兄貴、こいつとんだ田舎者だ。どうにもここらじゃ見ない、田舎面してると思ったんだ」
「あのなあ、とぼけても無駄なんだよ、ゲへへ」
なんでこいつらは笑っているのだろう。俺たちがギルドで報酬をもらったのを見て、尾行でもしてきた、という事だろうか。いや、そんなことをしていたら、俺が見逃すはずない。
「アホ面さげて何ウソつこうとしてんだ。てめえの腰に、ギルドの報酬袋が見えてんだよ」
「報酬袋? ……ああ、そういう事か」
なるほど。俺たちはカバンも持っていないから、ギルドで貰った報酬の小袋をそのまま腰に下げていた。それを見れば、一目で報酬をもらったばかりだという事が分かってしまうというわけだ。
迂闊だったが、どちらにせよ他に入れ物も無かったのだからしょうがない。
「まあよ、お二人さんを虐めようって気はねえんだ。街の交渉分さえ払ってくれりゃあ良い」
「交渉分とはなんだ?」
俺の質問に男たちは顔を見合わせる。次の瞬間、男たちは、今度は歯をむき出しにして、笑い転げた。
「ヒャヒャヒャヒャ。お前、交渉分も知らねえのかよ。ヒャハハ」
「イヒヒヒヒ。あ、兄貴、こいつの、ヒヒっ、田舎面見てよ、イヒヒ」
「交渉分なんて子供でも知ってんのになあ、どこの田舎もんだよ。へへ」
さっきから人の事を笑って失敬な奴らだ。俺は眉を寄せる。
ひとしきり笑い転げ回ってから、やっとデカい男が説明をする。
「本当にしらねえのかよ。交渉分ってのは金だよ、金。俺たちは金がいるが、戦って一人殺されながら奪いました、じゃ意味ねえ。お前らも、金は守ったけどケガしました、じゃあ嫌だろ? だからお前らが相場を払えば、俺たちは無事に金が手に入る。お前らも無事に帰れる。お互い得だってことよ」
「ああ、なるほどな」
要は、手打ちにするための金という事か。なるほど、よくできている。武器を持った冒険者が多く、争いごとの絶えないであろう、この世界の知恵なのだろう。
「ど、どうするの、あなた」
「任せておけ」
後ろから不安そうに聞いてくる彼女を、なだめる。
「おい、何コソコソしてやがる。わかったら、早いとこ金を出しな。そうだな、相場は有り金の7割ってとこだが、今日はサービスで5割にしといてやる」
「イヒヒ、兄貴はこんな田舎者にも優しいなあ」
「ゲへへ、後衛職二人だけで歩いてて、出会ったのが俺たちで良かったな。ケガしないうちに兄貴に払った方がいいぜ」
少しずつ距離をつめてくる三人組。
しかし、俺は首を振って拒否する。
「残念だが、金は払えない。お引き取り願おう」
「て、てめえ、ふざけてんのか」
「兄貴、こいつ立場が分かってないんだ。やっちまおう」
みるみるデカい男の顔が赤くなる。横の子分も二人は剣を抜いて、こちらを睨みつける。
「なんだ物騒な奴らだな。むしろ君たちこそ、ケガをしないうちに帰ったらどうだ。そうだ、ついでに有り金も置いて行ってくれ。よく考えたら、こちらも何かと入り用でね」
「なめた真似を、この野郎っ」
俺の親切でナイスな申し出に、デカい男が怒声を挙げて突っ込んでくる。剣を上段に振り上げ、俺の頭をスイカのように叩き割ろうというのだろう。
しかし、剣が振り下ろされる瞬間、俺は片手を宙にかざす。
「霊ノ盾」
ほぼ同時に、キィン、と甲高い音が響き渡り、奴の振り下ろした剣は俺に届くことなく、何かに弾かれたかのように、奴は後ろにのけぞった。
「な、なんだ」
転びそうになったデカい男は、再び態勢を立て直して、すぐに今度は横薙ぎに俺に向かって剣を振る。渾身の力を込めているのだろうか、奴の額には血管が浮き出ている。
「このっ」
しかし、先ほどと同様、大きな甲高い音だけが虚しく鳴り響いた。剣は空中の見えない何かに弾かれ、微動だにしていない俺に届くことも無く、地に刺さる。剣を弾かれた奴は、バランスを崩して転倒した。
「あ、兄貴」
「おかしい、見えねえ壁みてえのがあるんだ」
「兄貴、なんかの魔法だ、きっと」
「ありえねえ、奴らそんな詠唱していなかった。こんな短時間で魔法なんざ撃てねえはずだ」
驚愕する男たちに、俺はじりじりと歩いて近づく。
「どうした。それでお終いか?」
続けて俺は、自らの顔を一撫でし、俺の目と鼻と口が消え失せる。
そして奴らの方へ向き直り、奴らの顔をゆっくりと覗き込む。
「君たちは、先ほどから田舎面、田舎面と言っていたが、それは――こんな顔だったかい?」
奴らが目にしたのは、俺のつるんとしたのっぺらぼう。
俺は抱擁を求めるように両腕を広げて、そのままじりじりとゆっくり奴らに近づいていく。
「ば、ばけものだ」
「か、顔がねえ」
「よ、寄るな、寄るなっ」
途端に青ざめる三人組、腰を抜かして、地を這いながら下がろうとする。
「どうしたんだい、三人とも。大きな声を出して。ほらこちらに来たまえ。仲良くしようじゃないか」
「ヒ、ヒイ」
「た、助けて」
「お、置いてかないでくれえ」
何度も転びながら、無我夢中で逃げていく三人組。どちらが手で、どちらが足か分からなくなるほど、滅茶苦茶に全身を使って逃げていく姿は、なんだか下手な踊りのようだ。
逃げていく三人組の姿は、やがて遠くに見えなくなった。逃げ足の速い奴らだ。そんなことを思っていると、後ろから彼女が服の裾を引っ張ってくる。
「ねえ良かったの、あのまま逃がしちゃって。あのニンゲン達、仕返しにくるかもしれないわ」
「大丈夫さ。あの程度なら、あと二百年修行したって、俺の脅威にはなり得ない。象は道行く蟻を、わざわざ踏みつぶしたりしないのさ。それに、無駄な殺生は俺の美学に反する。しかるに、本意ではないが、仕方なくああいった手段を採ったというわけだな」
「なにが『仕方なく』よ。あなた、人間を怖がらせて、とっても楽しそうだったじゃない」
「そうだったかな」
呆れ返る彼女に、俺は目をそらす。結果誰も損をしていないのだから、良しとしよう。
それに、異世界の人間にも「のっぺらぼう」が通用すると分かったのは、嬉しい収穫だ。しかも、前の世界よりも反応が新鮮で文句なしだ。ぜひまた機会があれば人間を驚かせてやろう。
俺は笑いをこらえながら、もう一度顔を撫でて、のっぺらぼうを消した。
「あら、もう戻しちゃうの」
「ああ、さもないと、また不幸な犠牲者がでるからな」
「私、あなたの本当の顔の方が好きだわ」
「本当のって、のっぺらぼうの方か?」
「ええ、そうよ」
のっぺらぼうの俺は、普段から適当な顔を表面に出している。今使っているのは、俺が一から福笑いの要領で造ったもので、中々気に入っている顔だ。確か、ここ三百年は変えていない。
しかし、彼女のお気には召さなかったようだ。とはいっても、普段からのっぺらぼうで街中を出歩くわけにもいくまい。
「家では元に戻すさ」
「是非そうして欲しいわ」
予期せぬ出会いで時間をとられてしまった。もうあまり時間が無い。俺たちは再び宿を探しに大通りに歩を戻すのであった。
それから宿を取った俺たちは、次の日も次の日も、魔物を狩った。
魔物退治を生業とする「冒険者」はここでは一般的な職業らしく、俺たちはそのまま冒険者になった。
といっても、魔物狩りは苦戦することも無く、狩りに出ない日は街を二人で巡ったりと、優雅な日々を過ごしている。
優雅な日々……というのも当たり前か。この世界の人間たちが苦労して戦っている魔物も、俺の放つ霊刃に一撃だって耐えられないのだから、苦労しようがない。そして、魔物たちの討伐報酬で俺たちは十分すぎる程暮らしていけるのだ。
最初の頃の様な刺激は無いが、まだまだこの世界には未知が多く、退屈しない毎日と言えるだろう。
……そして、三か月ほどが過ぎた。




