表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/6

第6話(最終話)

 

 教会、結婚式 控室にて



 控室で、ウェディングドレスに身を包んだ女と、白髪の老人が、()()()()()()()()()()()()()


 女の方は、シルエットの細いウェディングドレスが華奢な体に良く似合っている。デコルテまで花をあしらったレースで覆われているから、白い肌と相まって上品だ。


 草木も喜び歌いだすような彼女の美しさに、俺は()()()()()満足げにうなずく。

 そして()()()()は足音を忍ばせて、部屋の隅から彼女の姿をそのまま眺める。


 だが、そんな華やかなドレスとおめでたい日に相反するように、彼女はこの世の終わりのように憔悴しきって、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「お父様、わ、私、絶対嫌われてしまうわ」


 普段決して弱みを見せない彼女が、今や老人の胸に抱きつき、顔をくしゃくしゃにして涙を流している。

 白髪の老人は、優しげな目尻に皺を寄せ、彼女の頭を撫でる。


「大丈夫、絶対に大丈夫だよ。きっと彼は許してくれる」


 泣き止まない彼女を優しくなだめながら、老人は言葉を続ける。


「それに、この異世界転移の計画を無理に勧めたのは私だ。彼に非日常の刺激を与えて、生気を取り戻して貰えば、二人の関係が進展すると思ったのだ。責任は全て私が取るべきだろう」


 彼女は悲しげに目を伏せて首を振る。


「いいえ、お父様。私は彼に嘘をついて、お父様のくれた転移術式を彼にかけてしまった。旦那様になる人にそんなことをするなんて、私にはもう妻の資格が無いわ。私…………最低の女だわ。きっと嫌われてしまう」


 息を詰まらせながら泣きじゃくる彼女の両肩に、老人は手を置いて彼女を見つめる。


「嫌われたりしないよ。……分かった、私から彼に話をしよう。彼の気がもし収まらないのならば、その時は……私の命を彼に捧げよう。こんな私の命でも、少しは役に立つかもしれない」


 老人の進言を聞いて、彼女はしばらく思い詰めたようにしていたが、首を振って答える。


「お父様には感謝してるの。でも、やっぱり、自分の口で彼に打ち明けなきゃいけないわ。それで……それで………………。わ、私、やっぱり……彼に、き、嫌われたくない……」


 最後まで言えず、途中で嗚咽を漏らす彼女。瞳に再び大粒の涙があふれ出た。

 老人はハンカチで彼女の目元を拭う。


「こんなに泣き腫らしまって……。そうだ、そろそろ式に戻らないと、彼が待っているのだろう? 一旦顔を洗ってきなさい」

「う……うん、そうね……。ごめんなさいお父様、私、急いで戻らなきゃ。…………ああ大変っ、泣き跡でひどい顔になってるわ。これ、コンシーラーで足りるかしら……」


 老人に宥められて我に返ったのか、涙でくしゃくしゃになってしまった自分の顔を鏡で見て、彼女は慌てて何処かへ出ていった。






 彼女が急いで部屋を出て行って、残された老人は一人小さくため息をつく。


「私は間違っていたのだろうか……」


 ちょうどその時、突然、老人は誰もいないはずの壁際、その虚空に何かを感じ取ったのか、顔を上げて訝しげに後ずさる。


「そこに誰か……いるのか?」


 ()()()()()()は、やっと術を解き姿を老人の前に現した。俺の突然の登場に、老人の顔が一瞬で驚愕に染まる。


「の、のっぺらぼう殿……どうしてここに……」

「久しいな、大黒殿」


 俺は、大黒天に目で挨拶を示す。そう、七福神の一人たる大黒天は雪女の父親だ。雪女の母親と大黒の夫婦にも俺は当然面識があった。


「のっぺらぼう殿は全て、全て聞いていたのか……いや、ここにわざわざ来ていたのだ、最初から知っていたということか……異世界転移が私の術であったことも」

「ああ。気づいていたとも」


 そうだ。最初から俺は全て気づいていた。俺にテレポーテイションのような霊的術式をかけようと思っても、俺は外部からの術への対抗術式を常に展開しているから、不可能だ。まして、それが敵意の伴うものなら瞬時に気が付く。

 俺に術をかけることが出来るのは、俺自身か俺の身内である雪女だけだ。雪女なら敵意も無く、対抗術式にも引っ掛からず俺に転移術をかけられる。より正確に言えば、彼女が自ら発動した「移動用転移術」の「同乗者」として俺を運ぶことが出来たわけだ。


「そうだったのか…………。のっぺらぼう殿、勝手なことをして、本当に、本当に申し訳なかった」


 深々と頭を下げる大黒天。倒れんばかりの勢いで畏まってしまった大黒に、俺は小さく首を振る。


「そう謝るものでもあるまい」

「いいや、謝らせてくれ。娘は乗り気ではなかったのだ。私が半ば強引に娘に転移術式を与えたのだ。この私で良ければ、如何様にも掛けた迷惑の責任をとろう。それだけの覚悟でここに来たのだ」


 今にも自刃しそうな勢いで迫る大黒に、俺は思わず笑みがこぼれる。


「大黒殿、迷惑ではなかったのだ。迷惑ではなかったのだよ。異世界も悪くない、と今は思っているところだ」


 くつくつと俺は笑った。実際、異世界転移によって、俺は再び未知と邂逅できた。地球に飽き飽きして死んだように暮らしていた俺は、ここにやってきたおかげで、もう一度生気を取り戻したのだ。

 異世界転移が彼女の仕業であることも、知らないふりをしていた。彼女が異世界で不自然なまでに落ち着いていたのも、気が付かないようにしていた。せっかくの刺激的な未知に出会うんだったら、何も知らない方が楽しめると思ったからだ。


「それに、罰も責任も必要ない。大黒殿は既に代償を支払っている。これ以上何かを奪おうなどとは思うまい」


 大黒天は江戸時代後期以降に存在が確定した七福神である。比較的新しいため、霊力自体は俺よりも少ないが、神格を得ることによって強大な力を手にしている。だが、同時に神格は「職分」を規定してしまう。異世界転移などと言う「職分」に反した振舞いは、大黒天の存在をも危うくする行為なのだ。神格を持つ者が理に反せば、いずれ身体ごと粉々に砕け散ることを、大黒天が知らない筈は無い。もはや大黒は取り返しがつかない状況にあるかもしれないのだ。俺が言った『代償』とはその事である。


「大黒殿、そもそも、この世界に来るのも拙いのではないか?」

「実はその通りなのだ。だがどうしても来なくてはいけなかったからね。 ……ああ、なんということだ……! すまない、まだ話は終わっていないのに、これ以上留まるのは無理そうだ。私の身体は、向こうの世界にちょうど引っ張られ始めてしまった」

「そうか……それは仕方ないな。……会えて良かった。大黒殿」

「こちらこそ……本当に申し訳なかった。のっぺらぼう殿、申し訳なかった」

「ああ。もう分かったとも」

「すまなかった……」


 何度も何度も謝罪しながら、大黒は姿を歪ませ小さくなる。程無くして、人の姿を保てなくなり、大黒は消えていった。今は元の世界に帰ったのだろう。ただ今後も無事でいられるかは分からない。神であるが故に、古き法には逆らえないからだ。


 俺は、大黒が消えてしまった部屋に一人佇む。大黒は彼女の父だ。代償を払ってまで、異世界転移を行うことに、彼女はきっと乗り気ではなかったのだろう。

 というのも俺は、彼女が結婚情報誌の()()()()()()()()()()()()()()をいつも複雑な表情で眺めて、時折ため息をついていたことを思いだしたのだ。そのページには、こう書かれていた。


『カレの気を引く方法! 「引っ越し」で、未知の環境にカレはドキドキ! 狩猟本能を取り戻したカレは、アナタを激しく求めるようになるかも……』






 大黒も元の世界に帰り、俺は部屋を後にした。

 教会の本堂に戻ると、彼女がもう既に待っていた。


「もうっ どこいってたのよ。お化粧を直して戻ってみたら、あなたの姿が無いからビックリしたじゃない」

「それはすまなかったね」

「まったく、雲の様な人なんだから」


 彼女は笑顔を見せているが、その目元は僅かに赤く腫れ、泣いた跡がまだ残っていた。


「ね、ねえ。……後でどうしても話したいことがあるの。大事な話……」

「話か……なんだろう、見当もつかないが」

「そ、その……」


 彼女は俯いて、口ごもってしまった。今にもまた泣き出してしまいそうだ。俺は、そんな彼女を優しく抱きしめる。


「なんの話か分からないが、きっとその話を聞いても、俺が君を嫌うなんてことはあるまい」

「え、え……?」

「心配しなくても、俺は君を好きだ、と言ったんだよ」


 優しく彼女の乱れた前髪をかきあげる。彼女は驚いたような困ったような顔で、俺を見上げた。


「でも、まだ私の話を聞いていないでしょ? どうして私を嫌いにならない、なんて言えるの?」

「そうだな……」


 俺は窓の外の木漏れ日を一瞬見やりながら、答える。


「俺はなんでも分かる。なにせ最強の妖怪だからな」

「なによ……それ」


 小さくクスリと彼女は笑い、俺の胸に顔を押し付ける。俺の言葉を聞いて、ほんの少しだけ彼女の表情は緩んだように見えた。


 異世界生活はまだ始まったばかりだ。俺は彼女の艶やかな髪を撫でながら、もう一度窓の外に目を移した。俺たちの門出を祝福するように、先ほどよりもまばゆい陽が差したように、俺には見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ