第4話
街にて
「見た感じ、割と普通だな。拍子抜けだ」
「だから言ったじゃない。彼らは普通の人間よ。それに、ここも趣のある素敵な街だわ」
「残念ながら、そのようだな」
俺たちは街の中に入り、中の人々やら建物やらを観察していた。入口でひと悶着あるかとも予想していたが、特に何事も起こらず、前の人間について行ったところ、そのまま誰に見咎められることも無く街に入ることができた。
「あのゴブリンの持ち物に、貨幣らしきモノがあったから予想はしていたが、この世界の人間たちも一般的な貨幣経済を採用しているようだ」
「ええ、そのようね。ねえ、あっちの店になんだか綺麗なものが売っているわ。見に行きましょうよ」
「ああ……。構わない」
たぶん金は殆ど持っていないから何も買えないが、彼女は俺をよそに、店を冷かして楽しんでいる。
女の店巡りという奴は、葬式のお経より長いんだからたまらない。しかも、やかましい分だけ葬式より性質が悪い。俺が真剣に人間たちを観察しているのがアホらしくなってくる。
実は、街の中に入ってから、大はしゃぎの彼女をなだめて、しばらく俺は往来の人間たちの会話をひたすら拾っていった。言葉は何故か翻訳されて頭に入ってくる不思議な感覚で理解できた。
彼らの会話の断片を総合すると、この世界は俺が警戒していたようなタコ型宇宙人が闊歩する近未来……なんてことはなく、人間が魔物と闘う世界のようだった。文化は中世くらいに相当するだろうか。
残念ながら、俺が想像していたような強大な化け物の街ではなさそうだ。だがまあ、逆に俺の理解の及ぶレベルの世界であったことは良かったのかもしれない。これが、例えば『住民は全員強い化け物だが、そのかわりに全裸で逆立ち歩きが常識の世界』なんかだったら到底馴染めないところだ。
俺が見る限り、この街にはそんな奇天烈な風習もなく、魔物関連を除けば殆ど前の世界と変わりなかった。転移先がこの世界だったのは幸運な部類だったのかもしれない。俺はそんなことを思った。
「あるいは俺が色々考えすぎだったのか」
「そんなことないわよ。あなたってピンチでもすっごく冷静なのね。さすがだわ。凡人とは一味……いえ、凡妖怪とは一味違うって感じね」
異世界で初めて入る街で、なんの躊躇いも無くウインドウショッピングを楽しんでいる彼女に褒められても、なんだか複雑な気分だ。
「俺はむしろ君に感心したさ。君こそ肝が据わっている」
「頼りになる人が傍にいればこそ、よ」
照れたのか目をそらす彼女。俺は彼女のことを侮っていたのかもしれない。手間のかからない女で助かった。
「ここが人間の街であると確認できたのは良いとして、あとは金や寝床か」
「どうするのよ。私お金なんて持っていないわよ」
本当は、極端な手段を使えば、金どころか街だって占領できそうだ。しかし、それは人間相手でも調和を重んじる彼女の望むところではあるまい。正直な話、俺としては人間の一人や二人、どうでもいいのだが。なんだかんだ言って、俺は彼女に甘すぎるのだ。
「さっきすれ違った二人組の会話を聞いた感じだと、冒険者なる魔物の退治屋がいるらしい。街周辺の魔物を狩ってその死体を証拠として持っていけば、報酬が貰えるようだ。治安維持のアウトソウジングだな」
「そうなの。魔物って昨日のゴブリンみたいなものかしら」
「おそらくな」
ゴブリン以外の魔物はまだ見たことが無いが、この街の冒険者らしき人間を見る限り、俺たちにとってそれほど脅威にならないだろう。
というのも、相手の霊力の強さは普通測れないが、格下相手ならばだいたい分かる。俺が見るに、この世界の人間たちの霊力は、元の世界の人間たちと大して変わらない様子だ。
時々そこそこの霊力を備えた者も混じっているが、人間の中で比べれば多いというだけで、俺たち妖怪が一目で測れる程度でしかない。その人間に狩れる魔物ならば、俺たちも容易く倒せる相手だろう。
魔物狩りをすることに決めた俺たちは、街を出る冒険者らしき集団を適当に見繕って、彼らの後についていった。
平野にて
街から徒歩で十分ほどの距離の平野に俺たちはいた。例の冒険者パーティーの狩りを遠くから見て、見よう見まねで俺たちも魔物狩りをする。予想通り、魔物の霊力はどれも弱く、一番大型である獅子型の筋骨隆々な魔物も、ゴブリンの五十倍程度しか霊力が無かった。
五十倍といっても、妖怪でいえば新参の範囲であり、俺たちにとってはさほど倒すのに苦労する相手ではない。俺が適当に霊ノ刃を放てば、どの魔物も一撃で倒れるのだから、なんだか戦った気にもならない。
「そろそろ日も暮れてきたな」
「ええ。街に戻るの?」
「ああ、そうしよう」
狩りを終えると、冒険者パーティーが、倒した魔物の耳やしっぽなんかをナイフで切って大事そうにしまっているのを真似して、俺たちも剥ぎ取りをした。
「袋が必要だな」
「そうね。袋が三つほど必要ね」
「三つ? まあ多いほうがいいがな」
今は上着を風呂敷代わりにして、はぎ取った戦利品を抱えている。このまま冒険者としての仕事を続けるなら、色々と買うべきものがありそうだ。
「ねえ、魔物の欠片を持って行くのが妖怪の私たちでも、ちゃんとお金貰えるのかしら」
「人間を襲う魔物を倒しているんだ。俺たちが何だろうと、きっと報酬をくれるさ。敵の敵は味方と言うだろう」
その点は、確かに俺も懸念していた。魔物の一部をギルドなる場所に持って行って、果たして本当に報酬が出るのか。この世界の戸籍も何もない俺たちは、身分証の提示でも求められたら厄介だ。ここの時代的には身分証なんて概念は無さそうだが。
そんな心配をしながら、俺たちは街に戻った。街の入口には昼にいなかった警備らしき人間が暇そうに立っていたが、特に話しかけられることもなく、再び街に入ることができた。あれはきっと、人間の検問というより、街に入ってくる魔物を警戒しているのだろう。
俺たちは人の流れを追って、なんとか冒険者ギルドなる建物にたどり着いた。どうやら冒険者ギルドはこの街に複数存在するようだったが、その中ではあまり人が多くなさそうなギルドを選んだ。
中に入ると、手前は酒場になっており、髭面の男たちのグループが賑やかな酒盛りの真っ最中だ。
奥にはカウンターが並び、若い受付らしき女性が並んでいる。見ると、壮年の剣士がちょうど大きな麻袋を受付に渡しているところだった。あれが魔物の買い取りだろうか。
しばらく人間たちの様子を見ていたが、意を決して、彼女を連れて俺も空いている受付のひとつに向かう。出てきたのは、二十代くらいの健康的に肌が焼けた娘だ。痩せぎすでないおかげか、肩を大きく出した受付嬢の制服が良く似合っている。異世界もあながち捨てたもんじゃない。
「こんばんは。ご用件はなんでしょう?」
「魔物をいくらか狩ったのだが……」
「買い取りですか? こちらにお出しください」
何か追求されたら面倒だと思っていたが、娘は事務的には買い取りを促がしてくれた。
俺は知った風を装いながら、鷹揚に先ほど集めた魔物の欠片をカウンターへ並べる。
「はい、こちらですね。ただいま計算させて頂きます。少々お待ち下さい」
「ああ。よろしく頼む」
俺が出した魔物の欠片を選り分けて数えている受付嬢の姿を眺めていると、彼女が横から小声でしゃべる。
「うまくいきそうね」
「もちろんさ」
「この後、どうするのか考えているの?」
「普通の冒険者は宿屋に泊まるらしい。俺たちも宿をとろう」
そんなことを二人で話していると、欠片を数えていた受付嬢がアッと小さな声を漏らして手を止めた。
まずいな、何か問題でも見つかったか。
「どうした?」
「い、いえ、計算が終わりました。冒険者Aランク相当のデュラウトも狩ってくださったんですね。ありがとうございます。アレの厄介な広範囲のブレス攻撃は大丈夫でしたか?」
デュラ某が一体何なのか、ブレス攻撃とやらにも覚えが全くないのだが、純朴な笑顔を浮かべる受付嬢の質問に、俺は顔色ひとつを変えずに話を合わせる。
「あれくらいなら問題ない」
「そうなんですか! いえ、デュラウトは危険な割に報奨金が見合っていないということで、狩って下さる冒険者の方が少なくて、困っていたんです。うちのギルドからも上申しているのですが、王都の本部からは音沙汰無くて」
「それは大変だな」
「ええ。でもお二人とも凄い魔法使いのようですし、きっと他の方も高レベルのパーティーなんでしょうから、うちの街で活動して下されば大助かりです」
はて、魔法使いとは一体なんの事だろう。彼女と顔を見合わせる。どうやら受付嬢は俺たちの他にもパーティーメンバーがいると勘違いしているようだが、それと関係あるのだろうか。
俺たちが変な顔をしていたのを見て慌てたのか、受付嬢は言葉を早口に続ける。
「あ、実は私も魔法使いで、後衛をやっているんです。生まれつき魔力量が多いので大抵の冒険者の方の魔力量は測れるのですが……。その私でも、お二人に関しては見えないので、きっと高レベルの魔法使いなんだろう、って」
「ああ、そうだったのか」
そうだったのか、と適当に言ってみたが、彼女の説明が全く分からない。魔力……というのは、もしかして霊力の事だろうか。だとすると、他の人間より強い霊力を持つ彼女は俺たちの霊力の多さに気づいたというところか。言われてみると、確かに彼女の霊力は人間の中では飛びぬけている気もする。妖怪でいえば貞子の半分くらいはある。
「無駄話しちゃいました。またチーフに怒られちゃいます。すっごい怖いんですよ、うちのチーフ」
「それは困るね」
受付嬢はペロッと舌を出す。
「はい、こちらが報酬です。またお願いしますね」
「こちらこそ有難う」
彼女からズシリと重い、薄緑色の小袋を受け取る。恐らくこのギルドのロゴであろう蛇のマークも刻印されている、お洒落な袋だ。この世界での染色技術なんかはどうなっているのだろう。
中を覗くと、銀貨らしき貨幣がかなり詰まっている。デュラ何某とやらを狩ったのだから当然だ。
袋の中身を確認していたら、横から彼女に腕をつねられた。
「今の受付の子、可愛かったわね」
「そうだったかな」
「ねえ、あの子、あなたのタイプ?」
「よく見てなかったから分からん」
「嘘よ、ジロジロ見てたじゃない」
タイプだと答えれば彼女は怒るだろうし、タイプじゃないといえばウソだと糾弾されるだろう。つまるところ、これはフェルマーにだって解けない難問なのだ。少なくとも、計算用紙が足りなくなるのは必至だ。
「もう記憶があやふやなところを見るに、あまり俺の好みではなかったのだろう」
「あの子、胸も大きかったし」
彼女は口を尖らす。そんなことどうでも良いのだが、彼女の中では重大事らしい。
「俺は今のままの君が好きだがな。君は着物も似合う」
「それ、遠回しにやっぱり私がまな板だって言ってるじゃない」
事実なのだから仕方がない。嘘は百回言っても嘘のままだ。主張のひかえめな、純和風妖怪の彼女の身体を眺めながら、俺は心の中でそう思った。
「ふんっ、いいもん。目移りばっかりして、あんまり私をほっておくと、寂しくて水になっちゃうんだから。その時になって後悔しても知らないわ」
雪女は寂しいと水になる、なんて初めて聞いた。そんな事を言う彼女が、なんだか可笑しくて、笑ってしまいそうになる。
「君が水になってしまったら、俺は悲しさのあまり、枕を濡らし、袖を絞ることになるだろうね。覆水盆に返らず、とはこの事さ」
「なにうまいこと言って誤魔化そうとしてるのよ。もう本当に知らないわ」
ふて腐れる彼女に吹き出しそうになりながら、俺は彼女を連れて冒険者ギルドを後にした。




