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辺境子爵令嬢は平穏に暮らしたい ~剣と魔法の才能を隠して、普通の学院生活を送るはずでした~  作者: EA
第一部「王立学院編」

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第74話 消えた点検札の行方

演習の翌朝、閉鎖された廊下の点検札が一枚なくなっていた。


 最初に気づいたのはフィオナだ。「昨日はここに『第二魔力灯・点検済』って札があったのに」


「風で飛んだのでは?」とセレスティーヌ。

「縄の内側に結んであったの。風だけで外れるかな」


 私は縄の向こうを見た。壁の魔力灯は、いつもどおり青白い光を放っている。けれど灯りの下の石には、細い擦り傷が一本走っていた。


「近づかないで」とルシアンが静かに言った。

「分かってる」


 私は両手を背中に回した。触って確かめたい気持ちが、指先まで来ていたからだ。


 巡回中の教師に知らせると、ほどなくリディア先生が現れた。先生は札の留め具を調べ、傷の位置を記録する。


「よく報告してくれました。皆さんは授業へ」

「誰かが勝手に入ったんでしょうか」とノエルが尋ねた。

「まだ分かりません。だから決めつけず、事実だけ残します」


 先生の言葉に、私は頷いた。北の森の異変も、魔力灯の揺らぎも、分からないことが多い。分からないまま剣を抜いても、答えにはならない。


 昼休み、私たちは図書室で古い学院案内図を見比べた。現在の地図と重ねると、閉鎖された廊下の奥に、使われなくなった小さな保守室が描かれている。


「今は壁になっているはず」とミレイユ。

「古い図面が残っているだけかもしれないわ」とフィオナ。


 ノエルが紙の端を指した。「ここ、星みたいな印がある」


 私は息を止めた。以前、倉庫の古い道具にも似た刻印があった。


「同じもの……かな」


 ルシアンが身を乗り出す。「形は似ている。でも、線の数が違う。偶然の可能性もあるよ」


「そうだね」


 私は胸の高鳴りを抑えた。謎めいた印を見つけると、すぐに答えを探したくなる。剣術なら、構えを見れば次の一手が読めることもある。でも古い記録は、そうはいかない。


 放課後、リディア先生に図面のことを伝えた。先生は案内図を受け取り、少し考えてから言った。


「保守室は改築前の設備です。学院側で確認します。あなたたちは演習に集中してください」

「はい」


 帰り道、ルシアンが私の歩幅に合わせた。


「気になる?」

「すごく。でも、勝手に調べたら皆を困らせる」

「それを自分で言えるようになったね」

「子ども扱いしてない?」

「褒めてるんだよ」



 点検札が消えた話を聞いたあと、私は訓練庭へ向かった。気になることがあると、剣を振って頭を整理したくなる。


「考え事をしながらだと危ないよ」とルシアン。

「だから今日は、相手を見てから動く練習」


 アレクシスが木剣を構えた。最初の一撃はゆっくりだったが、途中で角度が変わる。私は剣を合わせ、力を逃がすように手首を返した。二撃目は盾を使った押し込み。


「おっと!」


 私は後ろへ下がりかけ、白線の手前で止まった。線の向こうは通行禁止の区画に見立てられている。


「ここから先には入れないんだよね」

「そういう設定だ」とアレクシス。


 ルシアンが風で小さな札を舞わせた。私は追わずに身を低くし、札が線を越えるのを見送る。


「追えば取れたのに」

「取っちゃいけない場所もあるから」


 口にした途端、点検札のことが頭をよぎった。気になるからといって、立入禁止を越えていいわけではない。


 夕日が石畳に長い影を落とす。謎はまだ謎のまま。でも、知らないことを認めるのも、前に進む一歩なのかもしれない。


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