第73話 五秒の壁を築く場所
共同防衛演習の事前訓練は、曇り空の下で始まった。
訓練庭の地面には白線が引かれ、木箱と土嚢が規則正しく並べられている。遠くで剣が打ち合う音が響き、湿った土の匂いが風に乗った。
「今回は後衛の防護陣地を作ってもらう」とガルド先生が告げた。「敵を倒すだけでは合格にならん。守るべき場所を見失うな」
リディア先生が手を上げる。「術式は安全設定ですが、疲労は本物です。無理を感じたら必ず申告してください」
私たちの担当は、模擬薬箱の置かれた小さな陣地だった。ノエルとフィオナが後衛に残り、ミレイユが目隠しの布を張る。アレクシスが前方の土嚢を運び、ルシアンが風向きを調べる。
セレスティーヌは両手を胸の前で重ねた。
「盾は、どこに出せばよいでしょう」
「ここ」とノエルが土嚢の隙間を指す。「低い位置にして、箱を守るの。上まで覆うと魔力が足りなくなるでしょう?」
「はい。小さく、必要なところだけ」
銀白の光が彼女の指先に集まり、手のひらほどの結晶が薄い板へと伸びる。透き通った縁が朝の光を受け、淡い虹色を映した。
「一、二、三……」
ノエルが数える。五で盾が砕けるように消えた。地面には何も残らない。
セレスティーヌの肩が落ちる。「やはり短いですね」
「でも、置く場所は正確だったよ」と私は言った。
アレクシスが土嚢の前にしゃがむ。「試していいか? 俺が《金剛》で木盾を固めて、前から模擬弾を受ける。セレスティーヌは隙間にだけ盾を出してくれ」
「衝撃が伝わるのでは?」
「伝わる。だから、正面から全部受け止めるんじゃなくて、斜めに逃がす」
彼は実際に木盾を傾けて見せた。私は思わず感心する。剣や盾の角度の話になると、身体が先に理解してしまう。
「私が合図するね。今!」
模擬弾が木盾に当たり、乾いた音がした。アレクシスの腕が揺れる。その後ろへ滑り込もうとした二発目を、銀白の小盾が斜めに弾いた。
「できた!」
私が叫ぶと、セレスティーヌが目を丸くした。盾はすぐ消えたが、薬箱には傷一つない。
リディア先生が歩み寄る。「いい判断です。セレスティーヌさん、盾の大きさではなく、位置と時間を選びましたね」
「……はい」
「次は、発動前に一度呼吸を整えましょう。焦ると魔力の流れが乱れます」
彼女は深く息を吸った。私たちも、自然と黙って待つ。
訓練の二回目、ガルド先生は移動標的を二つ同時に動かした。車輪のついた木製の敵役が、白線の外側から防護陣地へ迫る。
「前衛、位置につけ!」
アレクシスが盾を構え、私は右側へ出た。木剣の先が標的の肩に当たる。だが一つ目を押し返した瞬間、二つ目が低く滑り込んだ。
「エレナ、追わないで!」
ルシアンの声が飛ぶ。私は足を止め、剣を縦に立てて通路を塞いだ。標的の速度が落ちたところへ、彼の風が斜めに当たり、進路がわずかにずれる。
「アレクシス!」
「任せろ!」
盾の表面に薄い《金剛》が走る。木製の標的が鈍い音を立てて止まり、アレクシスの靴が砂を削った。
その間、セレスティーヌは後方の模擬薬箱の前に立っていた。五秒しか保てない盾を、まだ出さない。
「今です!」とノエル。
横から飛んだ柔らかな訓練球に合わせ、銀白の小さな《聖晶》が箱の前へ現れた。球が当たり、結晶が砕ける。けれど箱は守られた。
「よく待った」とリディア先生。
私は息を吐いた。強い攻撃をするより、誰がいつ動くかを合わせる方が、ずっと難しい。
訓練が終わるころ、セレスティーヌの頬には疲労の色があった。それでも口元はわずかに上がっていた。
「皆さんがいると、五秒が長く感じます」
「五秒でできることを、皆で増やしたんだよ」と私。
その言葉を口にした瞬間、胸の奥で何かが静かに収まった。私はこれまで、自分の強さを隠すことばかり考えていた。でも、強さを分け合う方法だってあるのだ。




