第72話 一枚の地図と七人の約束
放課後、私たちは図書室の奥にある共同学習卓を占領した。
大きな地図を広げたのはフィオナだ。色の違う糸を三本、机の上に並べる。
「演習場は東の訓練庭。運ぶのは模擬薬箱が二つと水袋。目的地まで三つの経路があるの」
「どうしてそんなに詳しいの?」
「商会の荷運びと似ているから。道を選ぶのは得意よ」
フィオナは胸を張った。隣でミレイユが布見本を広げる。
「荷物を包む布なら、雨に強いものを用意できるわ。ただし、見た目だけで選ばないこと。濡れたら重くなる布もあるから」
「二人が同じ机にいると、商談みたい」と私。
「実際、少し商談よ」とミレイユが笑う。「でも今日は利益より、皆が無事に帰ることが先」
ノエルは演習規則を読み上げた。模擬の敵は教師が操る木製標的と低威力の術式。回復役は後衛に置く。勝敗ではなく、荷物と人員の状態で評価される。
「《聖晶》を使うなら、盾を出す位置を決めておきたいです」とセレスティーヌが言った。「急に指示されると、間に合わないかもしれません」
その慎重な言葉に、私は胸が温かくなった。以前の彼女なら『私には無理です』と口にしていたかもしれない。
「じゃあ、合図を決めよう」とアレクシスが椅子を引く。「俺が前で受ける。衝撃が強いときは《金剛》だけじゃ危ない。セレスティーヌの盾で方向を変えてくれたら助かる」
「五秒しか持ちません」
「五秒もある」
彼は明るく言い切った。「俺が三秒で位置を変えれば、残り二秒は皆の退路になる」
セレスティーヌは少し驚いたように瞬きをした。
ルシアンが地図の中央に鉛筆を置いた。「ただ、魔力を使い切る計画にはしない方がいい。僕は風で視界を整えられるけど、演習場の設備を壊すような出力は使わない」
「私も水と風で補助する」と私は言う。「前へ出るのは必要なときだけ」
「そこが一番の約束だね」とルシアン。
「信用してない?」
「信用してる。だから、君が約束を守れるように確認してるんだ」
まっすぐな言い方に、私は返事を探してしまった。
北の森では、家族がきっとそれぞれの役割を果たしている。私だけが全部を背負おうとするのは、皆の力を信じていないのと同じなのかもしれない。
「分かった。勝手に突っ走らない」
フィオナが赤い糸を地図に置いた。「では、その約束を地図にも書いておこうかしら」
「そこまでしなくても!」
「記録は大事よ」とノエルが小声で言う。
地図に糸を置き終えたところで、ルシアンが木製の小さな駒を三つ並べた。
「道順だけじゃなく、敵役がここから来たらどうするか決めよう」
「敵役?」
「演習用の移動標的だよ。人を相手にするより、動きを読みづらい」
私が赤い糸の端に指を置くと、アレクシスが盾の位置を示した。
「ここなら二人分の幅を塞げる。けど、背後へ回られたら弱い」
「そのときは私が回る」と私は答えた。
「エレナが回ると荷車が空く」とルシアン。
私は言い返しかけて、地図を見直した。彼の指が示したのは、荷車の進む線と、私が追いかけようとした駒の線が離れていく場所だった。
「……じゃあ、合図が来るまで追わない」
「僕は風で標的の速度を落とす。倒すのはそれから」
フィオナが糸を結び直し、ノエルが退避場所に印をつける。机の上の小さな戦いなのに、剣を振るより頭を使った。
全員が笑う中、セレスティーヌも筆を取った。地図の端に小さく『危険を見たら、まず知らせる』と書く。
私はその文字を見つめた。派手な魔法より、きっとこういう約束の方が難しい。そして、ずっと大切だ。




