↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境子爵令嬢は平穏に暮らしたい ~剣と魔法の才能を隠して、普通の学院生活を送るはずでした~  作者: EA
第一部「王立学院編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/119

第71話 閉ざされた廊下の朝

朝の学院は、焼きたてのパンの匂いがする。いつもなら私は、その匂いに釣られて食堂へ一直線に向かう。


 けれど今日は、廊下の曲がり角に立つ木製の衝立の前で足が止まった。


『設備点検中。通行禁止』


 見慣れた中庭への近道が、昨日より一本増えた縄で塞がれている。


「……食堂が遠くなった」

「最初に心配するのはそこなんだね」


 背後からルシアンの声がした。振り向けば、紺色の制服の襟をきちんと留めた彼が、書類を抱えて立っている。


「朝食は大事だよ。剣の素振りにも授業にも、力がいるもの」

「その意見には賛成。でも、ここを飛び越えようとしたら止めるよ」

「しないよ!」


 言い返したものの、ほんの少しだけ縄の高さを測ってしまった。ルシアンの目が細くなる。


「今、測ったでしょう」

「……見なかったことにして」


 彼は笑い、別の廊下へ歩き出した。私も並ぶ。窓の向こうの芝生には朝露が残り、白い石畳が薄青く光っていた。いつもの学院なのに、見回りの先生が一人増えただけで空気が違う。


「北の件、昨夜も眠れなかった?」


 私は胸元のポケットを押さえた。リリアの手紙は寮の引き出しにしまってある。それでも、そこにあるような気がする。


「眠れたよ。少しだけ、夢を見たけど」

「どんな?」

「リリアが私より先に魔物を追いかけて、私が怒ってる夢」

「現実でも起こりそうだ」

「だから困るの!」


 笑い合うと、胸の奥に張り付いていた心配が少しほどけた。


 食堂には、もう四人の友達が揃っていた。フィオナが手を振り、ミレイユが空いた席を示す。ノエルは小さな紙片に何かを書き込み、セレスティーヌは温かい茶器を両手で包んでいる。


「エレナ、掲示板を見た?」とフィオナ。

「通行禁止が増えたことなら」

「それもだけど、来週の共同防衛演習よ。全学年じゃなくて、一年生の希望者を中心にやるんだって」


 私はパンを取る手を止めた。


「防衛演習?」

「魔法科と剣術科の合同。後衛を守りながら指定地点まで物資を運ぶんですって」とノエルが説明する。


 セレスティーヌが視線を落とした。「先生から、私にも参加を勧められました。《聖晶》を使う機会になるから、と」


 五秒。彼女の盾が今、安定して形を保てる時間だ。誰かを守るには短く感じる。でも、五秒あればできることだってある。


「一緒にやろう」と私は言った。


 セレスティーヌはすぐには頷かなかった。「皆さんの足を引っ張りませんか」


「引っ張られたら、私たちも引っ張り返すよ」

「それ、助けるという意味になってる?」とミレイユが眉を上げる。

「もちろん!」


 笑いが広がる。けれどセレスティーヌは、笑ったあとでそっと頷いた。


「……では、お願いします」


 その声には、以前より確かな芯があった。


 食後、掲示板の前に人だかりができていた。演習の目的は『個人の戦果ではなく、護衛対象の安全と情報共有を評価する』と記されている。


「いいね」とルシアンが呟く。「君が一人で全部片づけたら、むしろ減点かもしれない」

「えっ」

「冗談半分、本気半分」



 閉鎖された廊下を迂回した先で、私たちは訓練庭の端に寄った。ガルド先生が、通路の幅を示す白線を新しく引いていたからだ。


「狭い場所での護衛を確認する。エレナ、ルシアン、アレクシス」


 名前を呼ばれ、私は木剣を受け取った。アレクシスは練習盾を構え、ルシアンは二人の後ろに立つ。木製の標的が左右の柵から押し出される仕組みだ。


 最初の標的は私が剣の平で弾いた。二つ目が足元へ来る。踏み込めば後ろのルシアンとぶつかる。


「左、任せて!」


 アレクシスが盾を低くし、標的を止めた。衝撃に足を踏ん張る彼の背後で、ルシアンの風が舞い上がった砂を払う。


「止まれ。今の一歩を説明しろ」とガルド先生。


 私は白線を見下ろした。剣が届くことと、安全に剣を振れることは違う。閉ざされた廊下の向こうで何が起きているかを知りたい気持ちも、同じように一度止めて考えなければならない。


 私は紙の文字をもう一度見た。守ることと、勝つことは違う。ガルド先生にも何度も言われた。


 学院の鐘が鳴る。新しい一週間は、いつもより少し遠回りの廊下から始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。