第68話 五人と二人の調べもの
「調査隊、結成!」
「隊長は誰にする?」とアレクシスが面白がって聞いた。
「エレナ!」とフィオナ。
「ええっ、私?」
「だって、いちばん故郷のことを知っているでしょう?」
「知ってるけど、すぐ走るって言われるし……」
「自覚はあるのね」とミレイユ。
ルシアンが小さく笑った。
「隊長というより、連絡役がいいかもしれない。誰か一人が全部決める必要はないから」
私はほっとした。昔なら、先頭に立つと言われれば嬉しかったはずだ。でも今は、皆の得意なことを並べた方が、ずっと遠くまで見渡せる気がする。
フィオナは商会の資料を、ミレイユは家族から聞ける仕入れ事情を、ノエルは薬草の流通を担当する。セレスティーヌは連絡先と手続きの確認。
アレクシスは北方の警備について、公開されている資料を探すことになった。
「僕は地図の年代を照合するよ」とルシアン。
「じゃあ私は、皆の報告をまとめる」
声に出すと、ようやく自分の役目が形になった。
フィオナが拳を上げた。
「声が大きいわよ」とミレイユ。
「だって、皆で調べるって決めたんだもの」
私たちは図書室の奥にある共同机を囲んでいた。窓の外では秋雨が細く降り、硝子に小さな筋を作っている。
机の上には地図、商会の配送予定、薬草の入荷記録、そしてリリアの手紙。どれも大切だけれど、扱い方を間違えればただの噂になってしまう。
「まず、確かなことだけ並べよう」とルシアン。
「一、北方の一部で魔物の目撃が増えている」と私。
「二、荷の遅れが一便あります。ただし原因は不明」とフィオナ。
「三、薬草の入荷にも少し遅れがあります」とノエル。
「四、古い地図には載らない道があります」とミレイユ。
セレスティーヌが静かに手を上げた。
「その道が今も使えるかは、まだ分かりません」
「そうだね。書き加えよう」
私が手帳を開くと、アレクシスが横から覗き込んだ。
「お、ちゃんと整理してるな」
「『ちゃんと』って何?」
「いや、エレナなら全部覚えてるって言って剣を持ち出しそうだから」
「皆してひどい!」
笑いが起きた。
でも、笑っていられるのは、皆が一緒に考えてくれるからだ。
午後、私たちは学院の先生に相談した。ガルド先生は北方の街道警備に詳しく、リディア先生は魔力設備の報告を担当している。
「商会の記録を持ち出してきたのか?」とガルド先生。
「公開できる範囲だけです」とフィオナ。「個人の名前や荷の詳しい中身は隠してあります」
「よし。そこは大事だ」
リディア先生は魔力灯の報告書を見た。
「こちらも調べていますが、原因は特定できていません。今の段階で北方の件と結びつけないでください」
「はい」
先生方は私たちの資料を受け取り、必要な部分だけを学院の正式な連絡に載せると言った。
図書室へ戻る途中、セレスティーヌが私の袖を軽く引いた。
「エレナ様。私、今日少し嬉しかったです」
「どうして?」
「以前の私なら、王族に関わる話ではないかと考えて、黙っていたかもしれません。でも今日は、自分が気づいたことを言えました」
私はセレスティーヌの横顔を見た。公開祭で彼女が《聖晶》を出したとき、盾はほんの数秒しか持たなかった。それでも、誰かが避難するためには十分な時間だった。
「セレスティーヌって、すごいよね」
「え?」
「私なら、思いついたことをすぐ口にしちゃう。でもあなたは、皆が見落としたところをちゃんと考えてる」
「そんな……私、以前は考えても言えなかったんです」
「だから今、言えるようになったことがすごいんだよ」
彼女は目を伏せ、胸元で指を組んだ。
「誰かの役に立てると、少しだけ、自分がここにいてもいいと思えるんです」
その言葉に胸が痛んだ。ここにいてもいいかどうかなんて、友達になるとき考えたこともなかった。
「いてもいい、じゃなくて、いてほしいよ」
私がそう言うと、セレスティーヌは驚いたように顔を上げた。そして、花がゆっくり開くように笑った。
「すごく助かったよ。道が今も使えるか、私、考えてなかった」
彼女は頬を染めた。
「ありがとうございます」
廊下の角で、アレクシスが重い資料箱を持ち上げる。
「これは俺が運ぶ。強化魔法は使わなくても平気だ」
「使わない方がいいです」とノエル。「以前、疲れが残ると話していましたから」
「はいはい、分かってる」
セレスティーヌがほっとしたように笑った。二人の間には、まだ慎重な距離がある。でも、仲間として互いの体調を気遣えることが、私は嬉しかった。
調べものの合間、七人で訓練庭へ移動した。机の上で役割を分けるだけでは、実際に声が届く距離がわからない。
「合図役は私がやるわ」とミレイユ。
「私は怪我人役を見ておくね」とノエル。
アレクシスが前で盾を構え、私は横から木製の標的を迎え撃つ。ルシアンは後方の安全線に立ち、風の魔法で砂埃の向きを調整した。
最初の標的は私が止めた。二つ目は盾に当たり、アレクシスの肩が揺れる。三つ目が予想より低く滑ったとき、私は剣を振り下ろしかけた。
「待って、後ろにノエルがいる!」
ミレイユの声で動きを変える。木剣の腹で標的を押し返すと、ルシアンが風で横へ流した。
「今の、言ってくれて助かった」
「言わなきゃ間に合わないもの」
セレスティーヌは安全線から私たちを見ていた。
「盾を出す場所は、敵の前だけではないのですね」
「そう。退く道を作るためにも使える」とアレクシス。
彼は無理に彼女へ実演を求めなかった。セレスティーヌは自分の手を見つめ、次の訓練では五秒の盾をどこに置くか、静かに考えていた。
夜、手帳を見返した。
最初は私とリリアの手紙だけだった頁に、今は七人分の文字が並んでいる。
私は一人で故郷を守れない。でも、一人で心配する必要もない。
雨音を聞きながら、そう思った。




