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辺境子爵令嬢は平穏に暮らしたい ~剣と魔法の才能を隠して、普通の学院生活を送るはずでした~  作者: EA
第一部「王立学院編」

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第58話 小さな庭を作り直す

中庭の石畳にはまだ小さな水たまりが残り、木々の葉から雫がぽたりと落ちていた。

湿った空気の中で、鳥が一羽だけ元気よく鳴いている。


私は少し早く展示室へ向かった。昨日の失敗を繰り返さないように、まず全員が揃うのを待つつもりだった。


「おはよう、エレナ」


先に来ていたノエルが小瓶を箱へ戻している。


「おはよう。眠れた?」


「少しだけ。配置のことを考えていたら、頭の中で瓶が何度も倒れてしまって」


「分かる! 私は机が勝手に動く夢を見たよ」


ノエルが珍しく声を立てて笑った。その笑顔を見て、昨日の重苦しさが少し薄れる。


すぐにミレイユとフィオナ、セレスティーヌもやって来た。皆の目元に疲れが見える。それでも、誰も中止という言葉を口にしなかった。


翌朝、雨は上がった。雲の切れ間から差し込む光が、濡れた中庭を白く照らしている。


私たちは新しい配置図を囲んだ。昨夜、フィオナが考えた案だ。


「展示を一つの部屋に全部置こうとするから無理なのよ。入口の廊下に案内を出して、部屋の中は小さくまとめる」


「廊下に置けるものは限られるわ」とミレイユ。


「だから、壁に説明を貼るだけ。触れる展示は室内に集めるの」


「それなら安全ですね」とセレスティーヌ。


ノエルは薬草の小瓶を持ち上げた。


「香りの強いものは一つずつ。混ぜると気分が悪くなる人もいますから」


「私は来場者が立ち止まる場所を測る」


私が言うと、ミレイユは笑った。


「今度は机を動かす前に相談してね」


「もちろん!」


先生の許可を取り、使える範囲を改めて測る。アレクシスは仕切りを固定し、ルシアンは湿気を避ける置き方を考えた。私たち五人の展示なのに、二人も自然に手を貸してくれる。


「ありがとう、アレクシス」


セレスティーヌが言うと、彼は肩をすくめた。


「困ってる友達を手伝うのは普通だろ」


「……そうですね。私も、そう思えるようになりたいです」


「もう思えてるさ」


アレクシスはそれ以上言わず、仕切りの紐を結び直した。彼女にはまだ婚約者がいる。だからこそ、彼のさりげない距離の取り方に私は少し安心した。


新しい配置が決まってから、私たちは来場者役になって何度も歩いた。


「ここで立ち止まると、後ろが詰まりますね」とセレスティーヌ。


「なら、説明札を少し先へ」とフィオナ。


「動かしていい?」と私が聞く。


「いいわよ」とミレイユが笑う。「もう、そこまで毎回聞かなくても……いえ、やっぱり聞いて」


「どっちなの!」


皆の笑い声が、狭くなった部屋に弾んだ。


廊下へ出した案内は、学院の先生に確認してもらった。避難経路を塞がず、展示物は壁に固定するだけ。派手な飾りは減ったけれど、迷わず入って来られる場所になったと思う。


セレスティーヌが最後の札を掲げた。


『王国の素材と暮らしの小さな庭――どうぞ、見て、触れて、お楽しみください』


展示室の配置が決まったあと、私たちは来場者の避難経路を確かめるため、訓練場で簡単な模擬護衛をした。


木箱を展示台に見立て、セレスティーヌとノエルが来場者役になる。アレクシスは盾を構え、ルシアンは出口を確認した。


「剣を振る場所、ほとんどないね」と私。


「だからこそ、振らなくて済む位置を探すんだ」とルシアン。


開始の合図。木剣を持った敵役が通路へ入る。私は一歩だけ前に出て、相手の剣を短く受け流した。アレクシスが《金剛》で盾を固め、狭い角を塞ぐ。盾に木剣が当たり、低い音がした。


「今だ、右へ!」


ルシアンが風で出口の小旗を揺らす。セレスティーヌは一瞬だけ足を止めたが、ノエルの手を取り、自分で出口を選んだ。


「こちらです。慌てずに」


全員が線の外へ出たところで、アレクシスは盾を下ろした。


「五秒の魔法を使わずに済んだね」と私が言う。


「使う必要がないなら、その方がいいです」とセレスティーヌ。


私は笑った。守る方法が増えることは、力をむやみに使うこととは違う。


柔らかな文字が、布の色によく合っている。


「私の字、読みにくくありませんか」


「すごく読みやすいよ」と私。


「遠くからでも見えるわ」とミレイユ。


「字の間隔もちょうどいい」とフィオナ。


褒められるたびに彼女の頬が赤くなる。私は、彼女が自分の仕事を誇らしく思える日がもっと増えればいいな、と願った。


午後、ミレイユとフィオナが布を一枚ずつ掛け直した。赤、青、生成り。どれも派手ではないけれど、素材の違いがよく分かる。


「商会の名前は小さくしましょう」とミレイユ。


「ええ。今日は宣伝より、素材の面白さを知ってもらいたいもの」とフィオナ。


二人が同じ方向を向いたことが嬉しくて、私はつい笑った。


「何よ、エレナ」


「ううん。二人とも、いい顔してるなって」


「あなたもね」


その言葉に、少し照れた。


夕方、最後の案内札を貼り終えると、セレスティーヌが一歩下がって全体を見た。


「最初の予定とは、ずいぶん変わりましたね」


「でも、こっちのほうが好きかも」とノエル。


「私も」と答える。


狭くなった分、ひとつひとつの展示が近く感じられた。誰かの工夫の隣に、別の誰かの工夫がある。


剣術の試合なら、強い一人が勝敗を決めることもある。けれど、この小さな庭は、誰か一人が頑張ってもできなかった。


「完成、かな?」


私が言うと、ミレイユが首を振る。


「明日、来場者が来て初めて完成よ」


なるほど。私は展示室の入口に立ち、明日の人の流れを想像した。


そのとき、廊下の向こうから王家の紋章をつけた従者が歩いてくるのが見えた。


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