第56話 二つの商会と一枚の布
学院の門から荷車が入ってくるのを見つけたのは、フィオナだった。
「来た!」
彼女は窓際から身を乗り出し、すぐにミレイユを呼んだ。
普段は落ち着いて商談の話をする二人が、今日は子どものようにそわそわしている。
「輸送中に濡れていないかしら」
「封印は無事みたいよ。ほら、伝票もある」
私は二人の間から外を覗いた。荷箱にはそれぞれ違う商会の紋が描かれ、縄の結び方まで少し違う。
家から荷物が届くというだけで、こんなに嬉しいものなのだろうか。そう思ってから、故郷から送られてきたリリアの手紙を思い出した。便箋の端には小さな花の絵。読む前から胸が温かくなったのだった。
「二人とも、早く開けよう!」
「エレナ、まず検品!」
声がぴたりと重なり、私は両手を上げて降参した。
公開祭まで十日を切った朝、展示室に二つの大きな荷箱が届いた。
「ラングフォード商会からです」
「こちらはウェストフィールド商会。検品をお願いします!」
ミレイユとフィオナが声をそろえて、互いを見た。
「……同時に来たわね」
「競争じゃないんだから」
箱を開くと、色とりどりの布、丈夫な紐、木製の留め具、各地の植物から作った染料見本が現れた。
見ているだけで楽しい。
「この薄い青は東の染料?」とノエル。
「そう。水で色を落ち着かせると、こんなに澄んだ色になるの」とミレイユ。
「その染料を運んだのはうちの商会なのよ」とフィオナ。「途中で雨に降られて、箱を二重にしたって聞いたわ」
「つまり二人の家が協力したんだね」
私が言うと、二人は照れくさそうに笑った。
「取引では競争もするけれど、全部が敵同士じゃないの」とフィオナ。
「いい品を届けるためには、得意なところを持ち寄ったほうがいいもの」
その言葉は、私たちの展示にもぴったりだった。
役割分担を決める。ミレイユは展示の見た目、フィオナは素材の説明と仕入れ先の確認、ノエルは薬草と安全な香りの選定、セレスティーヌは案内文と受付の手順。私は通路の確認と設営、そして当日の案内係だ。
「エレナは迷子が出たら頼りになるものね」とセレスティーヌ。
「任せて。学院の中なら、もう迷わないよ!」
「先週、資料室へ行くつもりで剣術棟にいたのは?」
「……あれは近道を探してたの」
ノエルが笑いをこらえきれず、肩を震わせた。
午後の展示室は、布を広げたとたん別の場所になった。
窓から射す光が染め布を透かし、壁に淡い色の影を作る。薬草の乾いた香りと新しい木材の匂いが混じり、私は深く息を吸った。
「この布、触ると冷たいんだね」
布見本を運び終えた翌日の授業では、アレクシスが「運搬中の護衛」を提案した。
「荷車を守る練習なら、公開祭の準備にも役立つだろう」
小さな台車に布を詰めた箱を積み、ノエルが押す。私は前、ルシアンは横、アレクシスは後ろについた。
模擬敵が現れると、私は反射的に踏み込んだ。だが剣を振る先に、薄い布が垂れている。勢いよく払えば、商品を傷つける。
「切らずに止める!」
木剣を短く返し、相手の手首ではなく木剣の鍔を軽く押した。ルシアンの風が布を台車の内側へ寄せ、アレクシスは盾を構えて横からの打撃を受ける。
鈍い衝撃が響いた。アレクシスの腕が少し下がる。
「《金剛》でも、重さまで消えるわけじゃないな」
「無理しないで。もう通れたよ」とノエル。
台車が安全な線を越えると、私たちは一斉に息をついた。
「剣を振らない方が難しい時もあるね」
「展示の準備でも同じだよ」とルシアン。「守りたい物を先に考える」
私は箱の中の布をそっと撫でた。仲間の仕事を守るのも、立派な戦い方だ。
「糸の撚り方が違うの」とミレイユ。「同じ青でも、季節や用途で選ぶのよ」
「北の冬なら、こっちの厚手がいいな」
「ええ。あなたの故郷の寒さは有名だもの」
フィオナは産地を示す地図を広げた。東から運ばれた染料、北で織られた布、南の植物から作った紙。地図の上に線を引くと、王国の遠い町々が一つの展示室につながっていく。
「私、商会って品物を売るところだと思ってた」
「もちろん売るわよ」とフィオナ。「でも、品物が誰の手を通って来たか知るのも仕事なの」
ノエルは小さな瓶を手に取り、蓋を開ける前に皆へ確かめた。
「この香りは強めです。試す人には、近づけすぎないように説明しますね」
「そういう注意書きも必要ね」とセレスティーヌがすぐに筆を走らせる。
誰かの得意なことが、別の誰かの不足を埋めていく。私はその様子を眺めながら、五人で始めてよかった、と心から思った。
午後にはルシアンとアレクシスも手伝いに来た。アレクシスは荷箱を一つ抱え、得意げに言う。
「これくらい、金剛を使わなくても運べるぞ」
「使ったら先生に怒られるよ」と私。
「分かってる。あの魔法は便利だけど、使いどころがある」
彼がそう言えるようになったことに、少し驚いた。
セレスティーヌも頷く。
「私も《聖晶》を飾りに使うのはやめておきます。まだ短い時間しか保てませんから」
「それでいいと思う」とノエル。「五秒の盾を十回作るのと、五十秒ずっと維持するのは違うもの」
無理をしないことも、準備の一つだ。
夕方、窓辺に薄青の布を吊るすと、風を受けて小さく揺れた。夕日が透けて、床に水のような影が落ちる。
「きれい……」
セレスティーヌが呟く。
私はその隣で頷いた。五人で考えたものが、少しずつ形になる。
剣を振るときとは違う嬉しさが、胸の中に広がっていた。




