第52話 五人で作る小さな庭
談話室には、雨上がりの庭の匂いが流れ込んでいた。
窓際の長椅子では上級生が読書をし、暖炉の前では別の班が模型の相談をしている。
公開祭の掲示が出てからというもの、学院中が少し浮き足立っていた。
私は昨日受け取った企画用紙を何度も折り直し、端をすっかり柔らかくしてしまっていた。
「何から決めればいいのかな。看板? 机? それともお菓子?」
「お菓子は展示内容が決まってから」とミレイユ。
「ええっ、重要なのに」
「あなたの重要順位は分かったわ」
フィオナがくすくす笑った。セレスティーヌまで口元を隠している。誰かを笑わせようとして言ったわけではないけれど、皆が自然に笑っているのを見ると嬉しかった。
剣術の練習なら、始める前から何をすればいいか分かる。足運び、構え、相手の呼吸。けれど、何もない机から皆で何かを作るのは、私にとって初めての冒険だった。
「展示をするなら、見る人が参加できるものがいいと思うの」
翌日の放課後、ミレイユは談話室の机いっぱいに紙を広げた。赤茶色の髪が頬にかかるたび、手の甲で器用に払っている。
「布の見本を並べるだけでは退屈でしょう? 触って、比べて、違いが分かるようにしたいわ」
「布ならラングフォード商会の出番ね」とフィオナ。「でも、うちのウェストフィールド商会にも、各地から仕入れた素材があるの」
「宣伝合戦にならない?」
「ならないようにするのよ。ね?」
二人が顔を見合わせる。商売の話になると声が少し大きくなるところまで似ていた。
ノエルは持参した小さな草花の押し葉を並べた。
「薬草の香りを比べる展示もできるかもしれません。乾燥させると匂いが変わるものもあるので」
「素敵です」とセレスティーヌ。「私、説明文を書くお手伝いならできます」
「セレスティーヌの字は綺麗だものね」
私が言うと、彼女は頬を赤くした。
「ありがとうございます。でも、字だけでは……」
「字だけじゃないよ。来た人が迷わないように案内できるし、皆の意見も丁寧に聞いてくれる」
セレスティーヌは返事を探すように目を伏せた。褒められることに、まだ慣れていないのだと思う。
「それで、エレナは?」
ミレイユに聞かれて、私は自信満々に答えた。
「荷物運び!」
「展示の内容を聞いているの」
「机を並べるのも大事だよ?」
「大事だけど、あなたの力があれば十分、という話にしたくないのよ」
ミレイユの言葉に、私は黙った。いつもなら力仕事を引き受ければ喜んでもらえる。けれど、それでは五人で作る意味が薄れてしまうのかもしれない。
決まるまでには、意外なほど時間がかかった。
「香りを試してもらうなら、強いものは避けたいです」とノエル。「体調によって苦手な人もいますから」
「なら、布の色を中心にしては?」とミレイユ。
「色だけだと、目の不自由な人には伝わりにくいかもしれない」とフィオナが言った。
私は思わず顔を上げた。商会では、そんなところまで考えるのだろうか。
「お店に来る人は、本当にいろいろなのよ。買い物に慣れていない子どもも、お年寄りもいるから」
「でしたら、説明文は難しい言葉を避けましょう」とセレスティーヌ。「文字の大きさも揃えたほうがいいですね」
「紙を触ってもらうのは?」と私は言った。「薄い紙と厚い紙、持っただけで全然違うよ」
翌日の実技授業では、ルシアンが私の新しい役目に合わせた課題を考えてくれた。
「来場者の通り道を考えるなら、人が予想外に動く場面も知っておいた方がいい」
訓練場には机を模した木箱が並び、通路の先に二つの出口があった。ノエルが見学者役、アレクシスが盾を持つ護衛役になる。
「私、剣で道を開けばいいんだね!」
「剣で机を壊したら失格だよ」とルシアン。
合図が鳴る。私は木箱の隙間から現れた模擬敵の木剣を、刃の腹で外側へ流した。踏み込めば追い払える。けれど後ろでは、ノエルが出口を選びかねて足を止めていた。
「右の出口は空いてる!」
私が声をかけると、ルシアンの風が右手の小旗を揺らす。アレクシスは《金剛》で盾の縁を一瞬だけ強め、木剣の打撃を受けた。盾越しに衝撃が伝わり、彼の靴が砂を削る。
「くっ、長くは受けられないぞ!」
「もう抜けたよ!」とノエル。
私はようやく模擬敵から距離を取った。通路の安全を確かめるのは、敵を倒すより難しい。
「これ、展示室の配置にも使えそう」
「だから誘ったんだ」とルシアンは笑った。
「いいわね!」
ミレイユの即答が嬉しくて、私は椅子の上で背筋を伸ばした。自分の案が役に立つのは、力仕事を任されるときとは違う喜びがあった。
やがてノエルが、紙の中央に小さな四角を描いた。
「これ、庭の区画みたいに分けたらどうでしょう。布、紙、薬草、それぞれの場所を巡れるように」
「庭!」とフィオナ。「いい名前になりそう」
セレスティーヌが『小さな庭』と丁寧な字で書く。筆先が止まるたび、皆で別の言葉を考えた。こうして名前ひとつにも五人分の思いが入った。
結局、私たちの案は『王国の素材と暮らしの小さな庭』に決まった。布、薬草、紙、染料。各地の素材を、実際に触れられる展示にする。魔法は飾りに使う程度で、誰でも楽しめるように。
「派手な魔法の実演は、ほかの班がやるでしょうから」とノエル。
「それに、失敗しても燃えない」と私は言った。
「それ、重要な基準なの?」
フィオナが吹き出す。
談話室の窓の外では、夕日が学院の屋根を銅色に染めていた。机の上にはまだ白紙が多い。それなのに、何だかもう小さな庭ができ始めたような気がする。
帰り道、ルシアンに企画書を見せた。
「いい案だと思う。説明する側が楽しんでいる展示は、見ている人にも伝わるから」
「本当? でも、私だけ仕事が決まってないんだ」
「荷物運び以外に?」
「ルシアンまで!」
彼は笑って、紙の端を指で押さえた。
「エレナは、初めて来た人が困っていたら真っ先に気づくだろう。会場の導線を考える役はどう?」
「導線?」
「人がどこから入り、どこで立ち止まって、どう出ていくか。剣の間合いを読むのと少し似ている」
そう言われると、急に面白そうになった。
「それなら、できるかも」
「できるよ。ただし、机を動かす前に皆に相談すること」
私の返事が遅れたせいで、ルシアンは声を出して笑った。




